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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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満腹の果てに

 翌朝。目を開けると、大地の顔が至近距離にあった。

「……は?」

 何だ、この状況?


 起き上がろうとすると、大地の腕が俺の身体をがっちりと抱き込んでいる。

 まだ夢を見ているのか、大地はゆっくりと顔を近づけてくる。


「白石……好きだよ」

「……!?」

(いや、俺は白石じゃねぇ!)


「お、おいっ!やめろ!」

 力強く抱き寄せられる。腕を振り解こうとするがガッチリと掴まれていて逃れられない。


「……っ!?」


 唇が重なる寸前――俺は容赦なく大地に頭突きを食らわせた。


「い、いってぇーー!」

「……あれ?白石!?どこだ?」

 まだ寝ぼけている大地。

「どこだじゃねぇ!この変態野郎!」


 額を押さえながら大地は俺の顔を見る。

「紫音……?」

「はぁ……夢かよ」

「お前は寝ぼけすぎなんだよ!」

「おっ!いつもの紫音に戻ってるじゃん!」

「は?」

「昨日の夜。何か様子おかしかったから心配してたんだよ」

「風呂に一緒に入ろう?とかさ」

「は?俺が?」

(あの分身野郎め……)


「紫音、もう一回言っていいか?」

「何をだよ?」

 制服に着替えようとして、俺は着ていたスウェットを脱ぐ。

「俺は……お前の気持ちには応えられん!」


「……は?」

 思わず目が点になる。

「だから諦めろ!俺は白石一筋だ!」

「……まあ、お前のことも好きだけども」


「……は?」

 一瞬飛んでた意識が戻り、大地にツッコむ。

「待て待て待て! 何を勘違いしてんだ!」

「昨日、風呂一緒に入ろうって言ったじゃん!」

「それ俺じゃねぇ!いや、風呂ぐらい入るだろ!別に変じゃねぇ!」


「紫音、お前何で服脱いでんだよ……」

 大地の顔が赤くなる。

「は?何言ってんだ?お前っ!」

 自分の姿を見る。パンツ姿に気づく。


「……これは、着替えようとしただけじゃねぇか!てか、こっち見んな!変態っ!」

「俺こそお前の気持ちには応えられねぇよ!」

 

 少し間があった後、


「ぷはっ」

 大地が噴き出す。

 その顔を見て、呆れながら俺も一緒に笑った。


◻︎◻︎◻︎

 

 制服に着替え、階段を降りる。リビングから母さんが顔を出す。

「二人ともおはよう!大地くん、よく眠れた?」

「はい!めちゃくちゃ寝ました」

「朝ごはん、冷めないうちに食べなさいね」

 大地がいると母さんは張り切る。


「朝から豪華だなー!すげー!」

「うふふ、おばさん張り切っちゃった」

「朝から牛丼特盛はいらねぇ……」

「母さん、重すぎんだよ!」

「紫音、朝は大事なのよ?朝のタンパク質は身体を……」

「もうそれ100回以上聞いてっから!」

「お前ん家は相変わらず賑やかだなー」

「母さんがうるさいだけだし」

 食パンをかじりながら答える。

「家庭円満の秘訣よー?」

「もういいから!」

 大地が嬉しそうに笑っていた。昨日までのことが現実と思えないほど平和な朝だった。


◻︎◻︎◻︎


 昼休み。いつものメンバーで昼飯を食う。

 大地はうちの母さんが作っためちゃ盛り弁当にご満悦だ。もちろん同じものを持たされた俺。

 白飯何合分だよ……これ。加減を知れ、加減を。気づけば大地は既に食べ終わっていた。俺も何とか腹に入れた。

「ちょっと食い過ぎたし、散歩してくるわ」

 そう言って教室を出る。いつもの裏庭に行きベンチに座った。

「眠……さすがに食い過ぎた。腹が重っ」

 少しウトウトしかけた時


「紫音くーん!」

 空が笑顔で駆け寄ってくる。


(げっ……また面倒な奴がきたよ)

 つい不機嫌そうに答える。

「……なんだよ」

「えへへー」

「あの、あのね?」

 距離を詰めてくる空。


「近ぇから!お前の距離感バグってるから!」

「ん?そうかな?」

 満面の笑み。


「ぐっ……」

(こいつ、わざとか?)


「紫音くん」

「なんだよ、俺は忙しいんだよ」

「え?寝てたじゃん?今、寝てたよね?」

「うるせぇ!」

 俺の言葉なんて全く気にせず、空は微笑む。

「あのね?お弁当作ってきたの!食べて!」

「は?」

「食べて?」

「……いらない」

(腹いっぱいだっつーの!)


 空から笑顔が消える。

(なんだこいつ、こんな顔されたら俺が悪いみたいじゃん)


 ため息をつき、空の手にある弁当をつまむ。

「……っ!?」

 なんだ?これ。甘いのか辛いのかなんだかよくわからねぇ。なんかグニョグニョしてるし。思わず顔が引き攣る。


「美味しい?」

「……クソまずい」

「えっ?嘘っ!」

 空も一口食べる。

「ゴホッ……マズ……」

「ご、ごめんっ!砂糖と塩、間違えたみたい。だからもう食べなくていいよ」


 弁当を見つめる。

『紫音、食べ物を粗末にしたらダメなんだよ?』

 ふと、ばあちゃんの教えが頭に浮かぶ。


 そのまま無言でおかずを口に運ぶ。


「まあ、食えなくもない……」

「紫音くん、顔が真っ青だよ?」

「……そうか?」

 視界がゆっくり傾く。


「紫音くん!?」

 空の声が遠くに聞こえる。

 ——そこで俺の記憶は途切れた。


「お、おい!黒川が倒れたぞ!」

 近くにいた男子生徒が慌てて駆け寄る。

「先生呼んでくる!」

「保健室!保健室!」


 教室から飛び出してきた大地たちも騒ぎ始めた。

「紫音っ!何があった!?」

 大地が駆け寄る。

 空は泣きそうな顔で弁当箱を抱き締めていた。


「わ、私のお弁当食べたら急に……」

 その一言で全員の視線が弁当へ集まる。


「……蒼乃、何入れた?」

 ナオが怪訝な顔をしながら尋ねる。

「わ、分かんない……」

 空は涙目で首を振る。


 ノブがおそるおそる手で一口つまむ。

「味見してみるわ」

「やめとけ!」

 大地が止める間もなく口へ運ぶ。

「……」

「どうだ?」


 ノブは少し青ざめてから言う。

「これはヤベェやつだな」


 ナオが冷静に弁当を見つめる。

「これは食べ物というより……化学兵器なのか?」

「ち、違うもん!」

 空が必死に否定する。

 大地が様子を見て言う。

「ナオ、あんまり蒼乃をからかうなよ」

「……それから多分、紫音は食い過ぎだ」


 この後に先生が来て、

「黒川!聞こえるか!」と尋ねたが、俺は静かに寝息を立てながら保健室に運ばれた。


◻︎◻︎◻︎


 目を開けると保健室のベッドに寝かされていた。薬品の匂い。起き上がろうとすると、そばで空が寝ていた。目には涙の痕がうっすらとついている。

「なんで泣いてんだよ」

 頭をガシガシと掻きながら、空の寝顔を見る。

「寝てる時はさすがに静かだな」

 無意識に口元が緩む。

(……俺、いま笑った?)

(まあ、気のせいか……)


——その時だった。

「ほな、来週から頼んますわ」

(関西弁……?)

 カーテン越しから男の声がする。

 空を起こさないようにカーテンに耳をあてた。


「名目は教育実習やし、二年A組で頼むで?」

(この声……まさか!?)


「アレ?紫音くん……?」

 空が目を覚ます。

「誰や?話聞いてた奴は?」

 足音がこちらに近づいてくる。

(間違いない……久我だ!)


 咄嗟に空をベッドの布団で隠し、自分も隠れる。

「しお……むぐっ」

 空の口を手で塞ぎ、

「静かにしろ!」と小声で囁く。

(なんで久我が……ここに来てんだよ)


 カーテンが開く。

「ゴホッゴホッゴホッ……」

「なんや?病人か?」

「イ、インフルなんで……ヤバいすよ?」

 咄嗟に答える。

「最悪やん、うつさんとってや」

「病人相手とか勘弁やわ……」

 そう言って、そのままカーテンを閉める。


 ゆっくりと久我の足音が遠のいていく。


「はぁ……助かった」

 ホッとして空を見ると何故か真っ赤な顔で気絶している。

「は?」

「蒼乃!大丈夫か?」

 空は一瞬目を見開き、俺の顔を見た瞬間

「尊い……」と呟き、再び目を閉じた。

「……は?」

(なんなんだ、こいつ……)


 けど、今はそれどころじゃない。

(久我が、学校に来る――?)


 掴みどころのない恐怖を前に、俺の手は無意識に震えていた。

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