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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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強者の余裕

「兄ちゃんがあの化け物倒したんやろ?」

「……っ!」

 久我が俺の反応を見て口角を上げる。


「反応なくなったから見にきたんや。まあ、コイツらに回収させよう思てたけど……無駄足やったみたいやな」

 久我はやれやれといった顔をする。

 そして俺へ視線を向けながら言った。

「でもまあ、ここに来たんは無駄やなかったけどな」


 どこか嬉しそうにしながら久我は笑う。俺は久我を睨みながら尋ねる。

「お前たち……ブラックカンパニーの奴か?」


 その名前を出した瞬間、久我は露骨に嫌そうな顔をした。

「やめてくれるか?」

「は?」

「そのダサい名前で呼ぶん」

「は?」

 思わず目が点になる。


「く、久我さん!またそんなこと言ったら隊長が……」

 丸谷が会話に入ってきた途端、久我がゆっくりと目を開き丸谷を見据えた。


「誰が喋ってええ言うた?」

「ひ、ひぃっ!」

 丸谷は肩を震わせそのまま黙り込む。

 あまりのビビり具合に俺は少し後ずさる。


「今は兄ちゃんと話しとんねん。黙って聞いとき」

 久我は再び俺へ視線を戻す。 

「なあ、兄ちゃん?」

 笑顔のまま、胸ポケットから一本のナイフを取り出し、指先でクルクルと回した次の瞬間――


 シュッ。


「……っ!」

 咄嗟に避けるが、ナイフは頬をかすり後ろの柱へ深々と突き刺さる。

 そっと頬を指でなぞると、赤い血が滲んでいた。

「は?……お前!いきなり何すんだよっ!」


 久我は楽しそうに笑いながら

「兄ちゃん、何勘違いしとるん?」

「俺は敵やで?」

「怪我するかどうかなんて、知ったこっちゃないわ」

 そう言ってこちらに向かって一歩踏み出してくる。


「兄ちゃんの実力……俺にも見せてくれや」

 糸目の目を見開き、ニヤリと久我は笑った。


 その瞬間、二本目のナイフが一直線に飛んでくる。

 キィン!

 銀のチェーンで弾き飛ばすとナイフは床を滑り落ちた。

「ほぉ……」

 久我はまた少しだけ目を見開いて笑う。


「そのチェーン、飾りとちゃうんやな」

「試してんのか?」

「そんなとこや」

「兄ちゃんがホンマに噂通りか知りたかってん」

「噂?」

「怪盗シルバー」

 俺は無言のまま睨み返す。


「……返事せぇへんのか?」

 久我はクスッと笑う。

「兄ちゃん、気に入ったで」

 そう言った後、久我の姿がふっと消える。

「なっ!?」

 真横に人の気配!?

「遅いで?」

 耳元で声がした瞬間、反射的に振り向き、チェーンを振る。


 キィン!!

 久我はナイフ一本で受け止める。

「ええ反応や。」

 久我は笑ったまま大きく後ろへ飛び退く。

「残念やけど、今日はここまでや」

「逃げんのかよ?」

 俺は手が震えているのにも関わらず、悪態をつき、床を蹴った。


 「待て!」

 一気に間合いを詰め、銀のチェーンを振るが、久我はまたナイフ一本で受け止めた。

「クソッ」

「ええ一撃や。」

「余裕ぶってんじゃねぇ!」

 チェーンを引き戻し、今度は右拳を叩き込む。

 久我は半歩だけ後ろへ下がるが、拳は一瞬だけ久我の口元をかすめた。血が一筋だけ流れる。

 

「危ないやん」

 そう言いながら口元を拭うが、表情は変わらない。

「兄ちゃん、速いなぁ」

 久我が口元を緩めたその次の瞬間、

 ドスッ

 下腹部に鈍い衝撃が走る。


「ぐっ……!」

 全く動きが見えなかった。俺の身体は数メートル吹き飛び、床を滑る。


「すっげー!」

「かっこよすぎるぞ!」

「美の境地」

「また怒られますって!」

 四人組が驚いてまたワチャワチャし出した。


 久我は軽く肩を動かしながら、

「まだ準備運動ぐらいやで?」と笑う。


 俺は腹を押さえながら息を整え、なんとか立ち上がる。

(……速ぇ)


 身体が勝手に震える。額の汗は止まらない。身体が硬直するような感覚。まるで蛇に睨まれた蛙のように。

 だけどコイツにだけは絶対に弱みなんて見せたくねぇ!ただ、その意地だけが自分を奮い立たせていた。


 力じゃない。

技術も、間合いも、気持ちの余裕も全て奴が一枚上手うわてだ。


 久我は嬉しそうに笑う。

「その目ええなぁ」

「怯えながらも向かってくる。そういう目ぇする奴、好きやで」


 俺はチェーンを握り直す。

「俺は好きじゃねぇ!むしろお前が嫌いだ!!」


「ぷはっ!ますます気にいったわ」

 言った後、スッと目つきが変わる。


「ほな、ここで潰すしかないなぁ」

「危険因子は消すまでや」


 俺は震える手を抑えながらチェーンを握り直した。

 その瞬間、急に目の前が白くなる。


「……っ!」

 足元から感覚が鈍くなり、視界がぐにゃりと歪んでいく。


「何や……?」

 久我が眉をひそめる。


 足元がふらつく。

(まさか、戻るのか?)

 身体が勝手に光の中へ引っ張られていく。


 久我はその様子を黙って見ていた。

「兄ちゃん……アンタ」

 ニヤリと笑う。

「……やっぱおもろいな」


 視界全体が真っ白に染まり、その場から完全に俺の姿は消えた。


 そばにいた四人が騒ぎ出す。


「き、消えたー?幽霊?」

「消えたな?なんで消えたんだ!?」

「美しいものは儚い」

「……もう知りませんよー」


 久我は肩をすくめる。


「帰るで」

 久我は背中を向けたまま歩き出す。

「えっ? もうですか?」

「もうここに用はあらへん」

「でも隊長に何て報告するんです?」

「見たまま言うたらええ」

「何て言うんですか?」

 久我は足を止めることなく、軽く手を振った。

「化け物はおらんかった……ただそれだけや」


「兄ちゃんは……」

 一瞬だけ振り返る。

 糸のような目が細く笑った。

「思っとったより、オモロかった」

 そう言い残し、暗闇へ消えていく。

 四人組も慌てて後を追った。


「ま、待って下さいよ!」

「久我さん置いてかないでー!」

「僕の顔見てから帰って下さい!」

「だから走らないで下さいってぇ!」

 騒がしい足音だけが遠ざかっていった。


◻︎◻︎◻︎


「……うっ」

 そっと目を開ける。廃ビルの奥に俺はいた。さっきまでの人の気配はなく、静寂が漂っている。


「戻ったのか……」 

 あのまま続けていたら俺は間違いなく負けていた。アイツの底知れぬ強さを垣間見た気がした。


「……久我か」

「もう会いたくねぇな」

 そう呟きながら立ち上がる。


 ズキッ――

 頬に鈍い痛みが走る。

 指で触れると、血はもう止まっている。

 本気なら、頬だけでは済まなかった。そう思うとまた背中を冷たい汗が流れる。


「あんな奴が……まだいるのかよ」


 久我、ブラックカンパニー、そして”隊長”と呼ばれていた人物。あの化け物も含めて――


 今日だけで分かったことは一つ。

 俺が相手にしようとしているのは、化け物一匹なんかじゃない。


 もっと大きな組織だ。

 

 今のお前では勝てない。アルジェントの言葉が強く頭に響く。


「……クソ」

 窓の外を見る。既に深夜を過ぎているようだった。

 俺は静まり返った廃ビルを後にした。廃ビルには再び静寂だけが残る。

 誰もいなくなった柱の陰には、一つのナイフが深く突き刺さったままだった。


 その柄には、小さく一文字だけ刻まれていた。

『久』

 まるで、次の再会を約束するように。

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