関西弁の怪しい奴
アルジェントが去った後、廃ビルの中はさらに静けさを増していた。疲れがどっと押し寄せてくる。その場に座り込み、ふと息をついた。
「その答えだけ覚えておけ……か」
「……たく、雑な怪盗め!」
ブツブツ呟きながらビルの外を見る。満月が廃ビルを照らしていた。
手の中を見て、そのまま握りしめる。
「なんとか生きてたな……俺」
そう呟いた後、自分の意思とは関係なく口角が勝手に上がるのを感じた。
少し違和感を感じながら立ち上がる。
廃ビルを見渡す。さっきと特に変わりはない。ビル内は静まり返っている。
「あ……カード!!」
思い出したようにポケットから黒いカードを出す。
カードからはタイムリミットの時間も、書いていた文字も消えていた。
「上手くいったんだよな……多分」
ホッとして胸を撫で下ろす。そう安心した、その時だった。
ガタンッ!!
廃ビルの奥から大きな物音が響く。
(なんだ……?)
警戒しながら、声のする方向へ視線を向けた。
「うわっ!」
「痛えよ、押すな!」
「ちゃんと前見て下さいよ〜」
「僕は僕の顔を見ていたい」
「だから前見て下さいって!」
……人の声?
俺は反射的に物陰へ身を隠す。足音が複数聞こえてくる。そのままゆっくりとこちらへ近づいてくる。
物陰からそっと様子を伺う。
「隊長にバレたら絶対怒られるって……」
丸々とした短身の男が辺りをキョロキョロ見回している。
「まだバレてないだろ!気合いだ!」
見るからに脳筋男が胸をドンと叩く。
「僕の顔を見たら隊長も許してくれるさ」
長髪の男はいかにもナルシストっぽい。
「静かにして下さいよ!」
細身で気の弱そうな男が諭す。
……なんなんだ、あいつら。
敵……なのか?
「俺ら、後始末ばっかじゃん?なんかもっと目立ちたいよなぁ?」
ナルシスト男が呟く。
「成宮さん!もう鏡いいですから、早く探してくださいよ!」
細身の男が諭している。
「もういっそのことなかった!って報告しようぜ!」
脳筋の男が適当に応える。
「筋田さん、隊長に怒られますって!」
短身の男がぼやく。
「だから僕の顔に免じて許してくれるさ」
成宮と呼ばれた男が鏡を見ながら髪を整えている。
「三人ともいい加減、真面目にやって下さいよ!」
細身の男が困りながらオドオドしている。
「細谷、お前うるさい!!」
三人が同時に叫ぶ。
この細谷って奴はなんとなく苦労してそうだなと思った。
「てか、あいつら何を探しているんだ?」
全員黒スーツにサングラス。どう見ても怪しい四人組。ブラックカンパニーの奴らにしては、ずいぶんマヌケそうだけど。
警戒しながらさらに様子を伺っていると、丸谷が突然しゃがみ込んだ。
「あっ!」
「どうした?」
「足跡発見!!」
三人が一斉に足元を覗き込む。
「……あるな」
「隊長の言った通りだ!」
「え?隊長そんなこと言ってましたっけ?」
「知らん」
(知らんのかい!)
思わず心の中でツッコむ。
丸谷が足跡を辿るように歩き始めた。
(……まずい)
その足跡は、多分俺のだ。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「なんかいたぁぁぁぁ!!」
丸谷が勢いよく叫び、筋田に抱きつく。
「何がいた?」
「あそこになんか白いものが……」
(しまった! マントが柱から出てた……!)
マントを隠そうと引っ張る。
「なんか動いたっ」
「とりあえず囲め!」
「どうやって囲むんですかっ?」
「気合いだー!」
「俺がいくぜー!」
四人はワチャワチャしながらこちらに向かってくる。
「仕方ないな」
物陰から姿を現す。
「誰っ?」丸谷が驚き、筋田に抱きつく。
成宮が「僕と同じぐらいビューティー?」
細谷が「ここは連携しながら様子を見ないと……」と言いながら、四人全員がワチャワチャしだした。
「なんか締まらねぇ奴らだな」
俺は銀のチェーンを握る。
「悪いけど、今は相手してる暇ねぇんだよ!」
「おらぁっ!」
筋田が勢いよく殴りかかってくる。
身体を半歩ずらす。
ゴンッ!!
空振りした拳は、そのまま柱へ直撃した。
「痛ぇぇぇ!!」
「柱殴ってる場合じゃないですよ!」
「アイツが避けるからだ!」
「避けるに決まってんだろ!」
俺は思わずツッコむ。
その瞬間、成宮が後ろへ回り込む。
「隙あり!」
俺は反射的に肘を後ろに向かって打つ。
「ぐえっ」
成宮はそのまま丸谷へ突っ込み、二人まとめて転がった。
「痛い痛い!」
「成宮さん重い!」
「僕は重くない、ただ美しいだけだ」
「意味わかんねぇよ!」
なんだよコイツら……
「だから連携しましょうって言ったじゃないですかぁ……」
細谷だけが頭を抱えていた。
……やっぱり、こいつだけ苦労人だ。
「おい、何ボーッとしてんだ!」
筋田が勢いよく俺へ突っ込んでくる。
「うおぉぉぉぉ!!」
「筋田さん!むやみに突っ込むのは危険ですから!」
細谷の叫びも虚しく、筋田は思い切り床に転がっていた鉄骨へ足を引っ掛ける。
「うわぁぁぁっ!」
ゴンッ!!
勢いよく柱へ頭から突っ込んだ。
「筋田さん!!」
「だ、大丈夫だ……星が三つ見える……」
「それ気絶寸前ですって!!」
「おおっ! 今だ!」
丸谷が俺へ飛びかかってくる。
「捕まえろぉぉ!」
「遅い」
身体を半歩だけずらす。
空を切った丸谷は、そのまま成宮へ激突した。
「わあぁぁぁっ!」
「僕の顔ぉぉぉ!!」
二人まとめて床を転がる。
「ちょ、ほんと勘弁してくださいよー!」
細谷が頭を抱えたその時――
パチンッと
指を鳴らした音が静かな廃ビルに響いた。
四人の動きがピタリと止まる。
「……え?」
全員が同じ方向を見る。
廃ビルの奥。暗闇の向こうから、ゆっくりと誰かが歩いてくる。
コツ……コツ……
靴音だけが静かに響く。
「自分ら、何してんねん」
男の声だった。
落ち着いているのに、不思議と背筋が寒くなる。
「遊びに来とんのんちゃうで?」
四人の顔色が一瞬で変わる。
「く、久我さん……」
さっきまで騒いでいた四人は、まるで別人のように背筋を伸ばして固まった。そして四人の顔から一気に血の気が引いた。
暗闇から姿を現した男は、大きくため息をつく。
緑色の髪、糸のように細い目、口元から覗く八重歯だけが、不気味に笑っていた。
「後始末に来ただけやのに、なんでやられとんねん。カッコ悪!」
穏やかな口調。怒鳴っているわけでもないのに、四人は肩を震わせている。
「す、すみません!」
「申し訳ありません!」
「いやぁ、ちょっと色々ありまして……」
「僕は注意しましたよ?」
「言い訳はいらん!」
その一言だけで四人は口を閉じた。
俺は訳がわからないまま男を見つめる。
(あいつが隊長か……?)
男はゆっくりと俺へ視線を向けた。
「にいちゃん」
心臓がドクンと鳴る。
男はニヤリと口角を上げた。
「アンタが怪盗シルバーかいな?えろう若ないか?」
男は八重歯を覗かせながら笑う。
「エロくねーし!」
「ぷっ」
「ははっ!にいちゃんおもろいやっちゃな」
「えろうはエロいじゃなく、ものすごくって意味やで?」
口元に笑みを浮かべながら俺を見る。
「うっせぇ!普通に話せよ!この緑頭!」
「威勢がええのう、にいちゃん。そういうん嫌いやないで?」
「そんなのどうでもいい……」
「てかお前たちは何者なんだ?」
久我は質問には答えずニヤニヤしながら
「ええ顔しとるな、にいちゃん」
「質問に答えろ」
「せっかちやなぁ」
久我は肩をすくめる。
「にいちゃん」
糸のように細かった目が、ほんの少しだけ開く。
「ブラックカンパニーには、もう近づかん方がええで?」
「は?」
「次は、運だけや済まへん」
久我はゆっくりと口角を上げながら
「なあ?にいちゃん」
何故かゾクリと背筋が震える。
その笑みは、まるで俺のことを昔から知っているかのようだった。




