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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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及第点

 アルジェントはゆっくりとこちらへ歩いてくる。瓦礫を踏む足音だけが静かな廃ビルに響いた。

 俺は肩で荒く息をしながら、その姿を睨みつける。

「は?及第点?いたんなら助けろよ!」

 思わず声を荒げる。

「死ぬとこだったんだぞ!?」


 アルジェントは表情一つ変えない。

「だが、生きている」

「それは結果論だろ!」

 アルジェントへ詰め寄ろうと立ち上がるが、脇腹に激痛が走る。思わず顔をしかめ、その場に膝をついた。


「……くっ」


 アルジェントはそんな俺を見下ろし、小さく口元を緩める。

「怪我をしたのか?」

「うるせぇ! ただのかすり傷だ」

「その割には苦しそうだが?」

 からかうように微笑むアルジェント。


 息を整えながら、俺はゆっくり立ち上がる。

「何ともねぇって言ってんだろ」

 そう強がってみても、全身の震えと額から流れる冷や汗は止まらない。


 アルジェントは無言でジャケットの懐に手を入れる。

「……?」

 次の瞬間、小さな丸薬のようなものを俺の口へ放り込んだ。


「んぐっ!?」

 そのまま飲み込んでしまう。口の中に強烈な苦味と薬草のような臭いが広がる。

「臭っ」

 涙目になりながらアルジェントを睨みつける。

「おい!何飲ませたんだよ!毒じゃねぇだろうな!?」


 アルジェントは一言「痛みを和らげるものだ」と言い、仮面の男が倒れた場所へそのまま歩いていく。

「ちょっ、待てよ!」

 そう言ってアルジェントの後を追う。


 さっきまで戦っていた仮面の男が目の前に倒れている。全くピクリともしない。アルジェントは仮面の男の仮面を確かめようと手を伸ばすが、その瞬間――


 シュゥゥゥ……

 男の身体が黒い粒子となって崩れ始めた。


「……は?」

 肩が、腕が、胸が順番に崩れていく。まるで砂時計の砂が風にさらわれるように静かに消えていく……


「……消えた?」

 その光景に目を奪われる。

 その後、そこには砕けた瓦礫だけが残った。

 呆然となっている俺の横で、アルジェントは当然のようにその光景を見つめていた。


「驚くことはない」

「いや、驚くだろ!」

 思わずツッコミを入れる。


「いきなり消えたんだぞ!?」

「てか、説明しろよ!色々雑なんだよっ!」

 アルジェントは静かに俺へ視線を向ける。


「な、なんだよ」

 アルジェントは、ははっと笑う。

「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫だな」

「大丈夫じゃねぇよ」

 あまりにも余裕のあるアルジェントに怒りすら覚える。


「こいつら……いや、この化け物はなんなんだよ?」

 

「……実験体みたいなものだ」

「は?実験体?」

「ブラックカンパニーの犠牲者と言うべきか」


「ブラックカンパニー?その名前……」

 

 アルジェントが俺を見る。


「あそこは危険な会社だ」

「何かをやろうとしているのかもしれないが……」


「今のお前には荷が重すぎるな」


 その言葉に何も言えなくなる。

 真剣な顔で俺を見つめるアルジェント。


「ああ……今の俺には力が圧倒的に足りない」

 唇を噛み締めながら拳を握りしめる。


「けど……」

「けど?」

 アルジェントが聞き返す。


「目の前で誰かが傷つくのは、もう見たくないんだ!」

 吐き出すようにアルジェントにぶつけた。

 その言葉を口にした後に違和感を覚える。


 目の前って……?

 一体誰のことを俺は指しているんだ?

 自分で言って全く訳がわからなくなる。


 なんで――?

 何か大事なことを忘れているような……そんな感覚。その時突然、割れるような頭痛が襲う。


「……ぐっ!頭が……」

 そのまま膝をつく。


 ふと気づくと、目から涙が溢れている。

泣きたいわけでもないのに涙が止まらない。


「なんだよ、これ……泣いてんのか?俺は」

 手で無理やり涙を拭う。


「泣いているのか?」

「泣いてねぇし!」

 鼻水が垂れたまま答える。

 感情がコントロールできないまま、しばらく涙が止まらなかった。


◻︎◻︎◻︎


 数分が経った。少し落ちついた俺はまだ赤い目のままアルジェントに話しかける。


「あっ、これ返す!」

 銀のケースに入った花札をアルジェントに見せる。

「てか、説明してけよ!雑なんだよ」


 アルジェントは静かに言う。

「それはもうお前の持ち物だ」

「は?」 

「アイテムは持ち主を選ぶ。お前はその花札に選ばれた」

「いやいやいやいや、アンタが使ってたもんだろ?」

「誰が使ってたと言った?」


「は?」


「は?はああああああ?」


 怒りで少し顔が赤くなる。


「お前!わけわからんアイテムを俺に渡したのかよっ!!」

「まあ、それはそうだな」


「……雑すぎる」 

 奥歯を噛み締めながら怒りをおさめる。


 クックと笑いながらアルジェントは黒いカードを取り出す。カードにはAt。


「そのカード……」  

 アルジェントを見る。

「お前のだったのか?たしかクロノスに渡したはずなのに……」


 アルジェントは不敵に微笑みながら

「ほう、クロノスに気に入られたのはお前だったんだな」

「そんなことはどうでもいい!お前のだろ?って聞いてんだよ!」


 アルジェントは少し考えてから答えた。

「……そうとも言うし、そうとも言えない」 

「なんだよ、意味わかんねーから!」


 アルジェントは口元だけ笑うと、静かに踵を返した。

「品物は持ち主を選ぶ……選んだ品物は持ち主に依存する」


「何が違うんだよ!」


 アルジェントは一瞬足を止め、振り返らず俺の名前を呼んだ。


「シルバー」

「……なんだよ」

「今のお前では、ブラックカンパニーには勝てない」

 思わず言葉に詰まる。


「そんなの……分かってる」


「お前は力も、覚悟さえも足りない」

「……それでもやるつもりなのか?」


 俺は拳を強く握りしめた。絞り出すようにアルジェントに向かって叫ぶ。


「だったらどうすりゃいいんだよ!」


 アルジェントは顔だけをこちらへ向ける。


「答えは自分で見つけろ」


「だから、それが雑なんだよ!!」


 思わず怒鳴る。


「俺は普通の高校生なんだぞ! いきなり訳の分からねぇ化け物に襲われて、訳の分からねぇ花札渡されて、ブラックカンパニーだの覚悟だの言われても、理解なんか……」


「できるわけねぇだろ!」


 アルジェントは少しだけ肩を震わせた。

「……笑ってんのか?」

「ああ」

「何がおかしい!」

「その状況で、まだ立っている」

「は?」


「逃げる理由はいくらでもあった。それでもお前は最後まで戦った。死にそうになっても、な」


 俺は言い返そうとして口を閉じた。

 確かに何度も逃げたかった。何度も諦めたかった。それでも、最後には仮面の男へ向かって走っていた。


「……別に」

 視線を逸らす。

「逃げたら、誰かが傷つく気がしただけだ」


 アルジェントは小さく頷いた。


「今はそれで十分だ」


「……?」


「その答えだけは忘れるな」

 そう言い残すと、アルジェントは静かに歩き出した。


「お、おい!ちょっと待てよ!」

 呼び止めても、アルジェントは振り返らない。


 白いマントだけが揺れ、闇の中へと消えていく。

 俺はその背中を追うことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 気のせいかもしれないけど、アルジェントは小さく満足げに口元を緩めたように感じた。

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