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銀の怪盗は真夜中に覚醒する  作者: 黒瀬 蓮
動き出す気持ち

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死闘の末に

「……運任せなんて性に合わねぇんだけどな」

 深いため息をつき、銀のケースを見る。仮面の男が俺を探すようにゆっくりと周囲を見渡している。喉がゴクリと鳴る。


「……マジ帰りたい」

 でも逃げても追われる、止まれば潰される、このままだと俺の平穏な生活は戻らない。


「クソッ!無事に帰ったらサムライマック食ってやる!」

 俺は覚悟を決め、一枚札を引き抜いた。


 現れたのは――『鹿』

 札が銀色に輝く。


「……猪に鹿って、動物園かよ!」

 ツッコミを入れた瞬間、また頭の中に無機質な声が響く。


『札、鹿適用。跳躍力上昇。着地の衝撃を無効化』


「……今度はまとも……っぽい?」

 試しに軽く跳ぶ。


「うわっ!」

 身体が一気に天井近くまで跳ね上がった。

「高けぇし!!」

 そのまま床へ落下する。

「ひぃぃぃぃぃっ!」

 情けない声が漏れる。


「足が折れるーー!!」

 悲鳴とは裏腹に、着地はストンと決まった。


「……は?」

 恐る恐る足を動かす。


「痛くねぇ」

 衝撃がまるでない。

「おおっ! すげぇ!」

 思わず口元が緩む。

「これは当たりだな」


 もう一度大きく跳び上がる。視界が一気に広がる。

「まてよ?上からなら……?」

 鉄骨から鉄骨へ飛び移りながら、仮面の男の動きを見る。男は首だけを動かし、ゆっくり俺を追ってくる。


「……よし」

 俺はチェーンを握り直し、ニヤリと笑った。

「今度は俺の番だ。」

 鉄骨を蹴り、一気に男の頭上へ飛び出す。


「まずは一発!」

 チェーンを振り下ろす。

 ガキィィン!!


「硬っ……」

 

 頭に直撃したはずなのに、まるで鉄の塊を叩いたような感触が腕に伝わる。腕がじんと痛む。


「どんな頭してんだよ!」

 男は一瞬だけ仮面に手を添えた。が、そのまま何事もなかったように俺を見上げ、巨大な腕を俺へと伸ばしてくる。


「危ねっ!」

 鹿の跳躍力で真横へ飛ぶ。

 ブォンッ!!

 拳がさっきまで俺がいた空間を薙ぎ払う。


「なんつースピードだよ!」

 俺は鉄骨へ着地すると、そのまま別の鉄骨へ飛び移る。


「だったら……」

 チェーンをコンテナへ巻き付ける。

「これならどうだ!」


 チェーンを思い切り引いた。

 ガガガガガッ!!

 大型コンテナが重々しい風切り音とともに男へ向かって飛んでいく。

 コンテナが当たる寸前、仮面の男は軽く片手で受け止めた。


「は?」

 思わず目を疑う。


 ギギギ……

 男が受け止めたコンテナをこちらに向ける。


「まさか……」


 ブンッ!!

 巨大なコンテナが俺へ飛んでくる。


「無理無理無理無理!!」


 悲壮な声を上げつつ、鹿の力で大きく跳びギリギリ回避する。

 コンテナは鉄骨へ激突し、轟音と共に周囲が崩れ始めた。


 ミシッ……

 足場に亀裂が走る。

「うそだろ?」

 バキバキバキッ!!

「うわぁぁぁ!!」

 足場ごと崩れ、俺の身体は真っ逆さまに落ちていく。


 ドォォォォン!!

 瓦礫を巻き上げながら地面へ着地する。


「げほっ……げほっ」

 マントで口を覆いながら周りをみる。砂煙で前が見えない。

 俺はゆっくり立ち上がる。


 「……っ!」

 身体に鈍い痛みが走る。脇腹を見ると黒いシャツが裂け白いジャケットにも赤い血がじわりと滲んでいる。

「マジ、鈍臭ぇ……」


 休む間もなく砂煙の向こうから重い足音が響いてくる。煙を突き破り、仮面の男が姿を現す。


「しつけーんだよ!ストーカーはやめろ!」

 俺は銀のケースを見つめる。

「結局こいつに頼るしかないのかよ」 

 でも、もう後がない。


 ゴクリと息を呑む。

 俺は恐る恐る札を引いた。


 現れたのは――『蝶』

「今度は虫かよ……」

 札が淡く紫色に輝く。頭の中にまた無機質な声が響く。

『札、蝶適用。残像を生成します』


「残像?」

 疑問に思った瞬間、俺の身体がふわりと軽くなる。

「……なんだ?」


 男へ向かって一歩踏み出すと、俺の後ろに、もう一人の俺が現れた。


「ん?」

 さらに踏み出すと、二人、三人と俺が動くたびに残像が増えていく。


 男が初めて動きを止め、仮面の奥から周囲を見回している。


「……本物がわからないのか?」


 試しに右へ走ると残像も一斉に散る。男が一瞬だけ迷いを見せ、また仮面に手を添えた。


「仮面……」


 その時、手に持っていた蝶のカードが光る。

「な、なんだ?」


 猪、鹿、蝶と三枚の札が浮かび上がり、俺の周囲を回り始めた。


『役成立――猪鹿蝶。』


「役?」


『猪鹿蝶を発動します』

 三枚の札が光となり、俺の身体へ吸い込まれていく。


「な、なんだこれ……!」

『効果時間、六十秒』

「一分しかないのかよ!」


 仮面の男が拳を振り上げてくる。

 ブォンッ!!

 鹿の跳躍力で一気に飛び上がり、蝶の力で無数の残像が男を囲む。仮面の男の視線が再度残像へ向いた。


「今だ!」

 猪の力が全身を駆け巡る。爆発的な加速、一直線に男へ突っ込む。


 ドォォォォン!!

 渾身の蹴りが男の胸へ突き刺さる。男の巨体が初めて大きく吹き飛び、床を転がった。


「……やった!」


『残り五十秒』


「いちいちカウントすんな!!」


 男の巨体が床を滑り、瓦礫へ激突する。コンクリートが砕け、砂煙が舞い上がる。


 初めてのまともな一撃。ゆっくりしている暇はない。


「このまま決める!」

 鹿の力で一気に跳ぶ。鉄骨を蹴り、さらに加速する。俺の無数の残像は廃ビル内を駆け回る。



『残り三十五秒』


 男は残像を目で追う。 

「どこ見てるんだよ、バーカ!」

 残像で翻弄しながら男の背後へ回る。


「お前の弱点はここ、だよな?」

 チェーンを仮面へ叩きつける。

 ガキィィン!!

「くっ!」

 ヒビは入るが、まだ割れない。


 男は何事もなかったかのようにチェーンを掴む。

「え?」

 そのまま俺を思い切り引き寄せた。


「しまっ――」

 目の前に巨大な拳。


 ドゴォッ!!


「がはっ!」

 腹へ拳がめり込む。身体がくの字に折れ、そのまま吹き飛ばされた。

 壁へ激突する寸前、鹿の跳躍で体勢を立て直し着地する。


「ぐっ……」

 口の中に鉄の味が広がる。脇腹の傷がズキリと疼く。


『残り二十秒』


 額から汗が滲む。呼吸も乱れている。

「持ってくれよ、俺の体力!」


 鹿の力で一気に跳ぶ。

 蝶の残像が何人もの俺を生み出し、男の視界を埋め尽くす。

 男がわずかに視線を迷わせた。


「そこだ!」

 猪の力が全身を駆け巡る。一直線に加速する。

 狙うのは一箇所のみ!!


「仮面だ!」


 ガキィィィィン!!

 チェーンの先端が仮面へ直撃する。


 ピシッ……小さな亀裂が走る。


「あと一撃!!」


 鉄骨を蹴る。残像が一斉に男を囲む。  


『残り十秒』


「十秒あれば十分だ!」


 俺は真上から仮面の男に向かって急降下する。


『残り三秒』


「間に合えぇぇぇぇっ!!」

 渾身の一撃が仮面へ叩き込まれる。


 バキィィィッ!!

 仮面が砕け散る。


 男の巨体が力を失ったように膝をつき、そのまま前へ倒れ込んだ。


 ドォォォン!!

 轟音とともに廃ビルが大きく揺れた。


『猪鹿蝶、効果終了』

 身体から一気に力が抜ける。


 膝をつき、肩で息をする。

「はぁ……はぁ……」

 心臓がうるさいくらい鳴っている。


「……勝った、のか?」

 静まり返った廃ビルに、自分の荒い呼吸だけが響く。


 静寂を破るかのように

 パチ……パチ……パチ……

 静かな拍手が廃ビルに響く。

「なかなか見事だった」

 聞き覚えのある声。俺はゆっくり振り返る。


「アルジェント……!」

「……及第点だな」

 白いマントを揺らしながら、アルジェントが静かに笑っていた。

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