白い影の正体
時刻は午前二時。いわゆる丑三時だ。
ベッドから起き上がり、そっと一階に降りた。もちろん家族は既に寝ている。静かなキッチンで冷蔵庫を開ける音が妙に響く。
コップに水を注ぎ、それを一気に飲み干した。
「うっ……冷て」
一気飲みしたせいか、下腹部からギュルッと音が鳴る。
「……さて、寝るか」
音を極力立てないよう階段を登り、部屋に戻った。
ベッドに横になる。目を閉じても眠気が全く来ない。腹もなんだか落ち着かない。
さっきの出来事を思い出す。
心臓がドクンと弾む。余計に目が冴えてきた。
「……はぁ」
小さく息を吐き、天井を見つめる。身体を横に向けると腕時計が目に止まる。
ベッドから起き上がり、腕時計を掴む。
「ったく、わけわかんねぇ」
苛立ちを抑えるように首の後ろを掻く。
「ご主人、眠れないの?」
時計からログチーの声が聞こえたけど、俺は無言のまま、時計を戻した。
「ねぇ、聞いてる? ご主人?」
少し苛立ちながら、言葉を返す。
「……いい加減、その呼び方やめてくんね?」
「ん?」
「ご主人ってやつ」
「なんでー?」
「なんか、むず痒い」
「ふうん」
「じゃあ、シルバー?」
「なんでそうなる?」
呆れ顔でツッコむ。
「じゃあ、どうしたらいいのさー?」
拗ねた様子でログチーが尋ねてくる。
俺は少し考えた後、ため息をついた。
「……もう、好きに呼べよ」
「うん! シルバー! やっぱりこっちのがしっくりくるよね」
嬉しそうな声が返ってくる。
ベッドに寝転び、天井を見つめたまま、俺はログチーに尋ねた。
「……で?」
「ん?」
「さっきの話の続きだよ、一体覚醒ってなんなんだよ!」
「んー? やっぱり気になる?」
ログチーが冷やかすように聞いてくる。
「は? 当たり前だろ?」
「映画でもあるまいし! 覚醒しましたよーって雑な説明されて、『はい、納得』って言う奴がどこにいる?」
「シルバー、落ち着きなよ、夜中だよ?」
「うるせぇ!!」
ドスドスドス……。
「ん? なんだ?」
部屋の外から足音が近づいてくる。部屋の前で音が止まったと思うといきなり部屋のドアが開いた。
「えっ? 母さん……?」
母さんの目が鋭くすわっている。
「何時だと思ってるの!! 近所迷惑でしょ!」
「あ、いや、その……」
「いい加減早く寝なさいっ!!」
「お、おう」
扉が閉まり、母さんの足音が遠ざかっていく。
時計からログチーが呆れたような声で呟く。
「あーあ、ママさん怒らせちゃって……。キミは相変わらず短気だなぁ」
「相変わらず?」
「まだ記憶が気になるけど……」
「記憶……?」
俺が首を傾げてると、ログチーが意気揚々と話し出す。
「うん、やっぱり、体感した方が早いよね?」
「体感?」
意味がわからず、眉をしかめた。
「やりすぎちゃうと代償が怖いけど……ま、いっか!」
「代償?」
(腹壊すとか?)
「シルバー、ちょっと目を閉じて!」
「……なんだよ、突然」
ジト目をしながら時計を見つめる。
「いいから! 頭にイメージしてみて」
「戻りたい時間とか、その日のイメージ思い出して!」
「雑な説明だな」
「もー! 早くしなよ」
「うるさい奴だな」
渋々目を閉じた。
(えーっと、イメージを浮かべるって言ったよな)
頭の奥にある記憶……あの違和感を辿ってみる。うまく言葉にはできない。
でも、あの『ズレた感じ』をゆっくりとなぞっていく。
その瞬間——
視界が、ぐらりと揺れた。
足元がふわっと浮くような感覚。身体も一緒に軽くなっていくような感じがした。目の前が白く染まり音が消えた。
◇◇◇
「……?」
ゆっくりと目を開ける。
「なんだ?」
あたりは暗くて、何も見えない。
ポケットからスマホを取り出し、画面の光で、周りを照らす。
見覚えのある廊下。
「なんだよ、俺ん家じゃん……」
「でも、なんでこんな静かなんだ?」
夜中とはいえ、風の音も、家鳴りすらしない。
わけがわからないのに背筋に寒気が走る。
スマホに目をやると時刻は、夜中の三時。
「もう一時間経ったのかよ……」
そう呟きながら、ふと画面の端に表示された日付が目に入る。
「……えっ?」
(昨日の日付……!?)
スマホから目を離すと、いつの間にか自室の前に立っていた。
昨日、白い影が立っていた場所?
無意識に息をゴクリと呑む。
ドアに視線を向け、ゆっくりと、手を伸ばす。
「シルバー!! それ以上はダメ!!」
ドアノブに触れた瞬間、視界が引き戻される。
身体がぐらりと揺れ、足元の感覚が消えていく……。
気がつくと自分の部屋。
「……がはっ」
息がうまく吸えない。
「うっ……」
「ちょっと、ちょっとちょっと!」
耳元でログチーの声が響く。
「シルバー! 近づきすぎ!」
呼吸を整えながら、肩にいるログチーを涙目で見る。
「過去の自分に干渉したらダメ! 絶対ダメだから! 下手したら……」
ログチーが小さな身体で俺の肩を揺らす。
言葉に出来ないまま昨日の出来事が頭に浮かぶ。あの白い影。
(あれは俺、だったんだな)
「シルバー、聞いてる?」
ログチーが心配そうに顔を覗きこむ。
俺は無言のまま呆然としていた。
わけがわからないのに、心臓がドクンと弾む。正直ちょっとビビってたくせに、気づくと俺の口角がわずかに上がっていた。
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