目の前の変な奴
俺は無言のままそいつを見つめる。
「どうしたの? 顔、怖いよ?」
不思議そうに俺を見ている。
頭をガシガシ掻きながら俺は答える。
「起きた? 何言ってんだお前。朝からしっかり起きてるし!」
首を傾げながらそいつは続ける。
「何言ってるの? 相変わらずバカだなぁ」
「な、バカとはなんだ! 初対面の奴に言われたくねぇし!」
夢にしては妙にリアルだ。感覚もあるし……。
ただ目の前のコイツは……どう説明するんだ?
手のひらサイズの黒紫の小さな体。羽根のような耳に、矢印みたいな尻尾。丸い目が、こちらをじっと見ている。
俺は無意識に手を伸ばしそいつを抱き上げ、指先でそっと触れてみた。
(やわらけぇ……)
顔が少し綻ぶ。
そのままなぞると、小さな体がぴくっと揺れた。
「ちょっ! くすぐったいよ!」
「……っ!?」
我に返り、反射的に手を離すと、そいつは部屋の絨毯にぽとっと落ちた。
「きゅー……」
足元で、小さく丸まったそれを見て、俺は呟いた。
「本物だったのか?」
慌てて俺は膝をつき、それに向かって手を差し伸べた。
「……わりぃ」
俺がそう言った後、そいつはニヤリと笑った。そして、もぞもぞと俺の身体を登り始めた。
「ん? お前何してんだ?」
俺は、訝しげにそいつを見つめる。
肩まで登ってきたそいつは、横で頬を膨らましながら言った。
「落とすなんてひどいよ、ご主人!」
そう言って、俺の肩を短い手で叩いている。
「謝っただろ!」
「だから軽すぎるんだってー! 『わりぃ』の一言で済まさないでよ! ご主人っ」
さらに力強く叩いてくる。
「や、やめろ! やめろって! 落としたのは確かに悪かったけど、ご主人って誰のことだよ?」
「えー? そこー?」
呆れたような顔で俺を見る。
「そんな目で見んなよ! 腹立つわ」
そいつはボソボソと話し出す。
「そんなの……キミに決まってるじゃないか」
「……お、俺? 俺が主人だって?」
俺は目を見開き、そいつに尋ねる。
「てか、まずお前が何なんだよ?」
そいつが、期待に満ちた目で咳払いをし、目の前にある机に飛び移った。
「よくぞ聞いてくれた! オレは、ログチー! キミの相棒さ!」
その瞬間、俺の顔から表情が消えた。
「……帰れ」
「えーっ? それはないよ〜、ご主人〜」
少し拗ねたように、ぴょんと跳ねる。
「呼んだのはご主人だろ!」
「呼んでねぇし!」
「呼んだって!」
「シルバーって言っただろ! ご主人の呼び名!」
「……っ!?」
言葉に詰まる。確かに言った。てか無理矢理言わされた、が正しいんだけども。
ログチーが得意げに言った。
「ついに……覚醒したね」
「ちょっと待て! この状況! 全然追いついてないんだけど?」
「え? そうなの? 頭悪すぎない?」
頭の中で何かがキレた。
「は? はあああああ?」
「何なんだよ、お前!」
「どうしたのー? 顔が赤いよー?」
「うるせぇ! いきなり現れてきてさ、なんだよ人をバカにしてさ? 戸惑うだろ! 普通!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなよ、興奮するのはよくないよ?」
「いや、言わせてもらう! こんなよくわからねぇ状況で、はい、そうですか、って納得するほうがおかしいだろ!」
「わかった! わかったから落ち着きなよ〜」
ログチーは焦りながら俺をなだめる。
ログチーを横目に見ながら尋ねる。
「てか、覚醒ってなんなんだ?」
「まーそれはおいおい……」
「お前雑すぎんだろっ!」
また苛立ちが溢れてくる。
ログチーは一瞬だけ真顔になり、ポツリと呟いた。
「そのうち、思い出すよシルバー」
「?」
(よく聞こえなかったけど、ま、大したことじゃなさそうだな)
「そういや、さっきの時計はどこ行った?」
あたりを見渡すが見当たらない。
「ここだよ?」
ログチーが、自分の体を叩く。
よく見ると、その体の中心にあの時計の盤面が埋まっていた。
「……は?」
全く理解が追いつかない。
「それ、お前の体か?」
「そうとも言うし、違うとも言う!」
「どっちだよ!」
「細けぇことは気にすんな!」
手をひらひらさせる。
「なんか腹立つ……」
「それよりさ」
ログチーは、ぐっと顔を近づけてくる。
「昨日、水に落としたでしょ? 時計」
「……へ?」
昨日の風呂場の光景が、よぎる。
ログチーが、クスッと笑う。
「変なこと起きなかった?」
「な、なんで?」
今日の出来事を思い出す。
「じゃあ……今日おかしかったのは全部——」
「水による誤作動」
軽く言い切るログチー。
「……待て」
背筋が冷たくなる。
じゃあ、俺の記憶がおかしかったのも、全部それのせい、だったとか?
顔を上げ、ログチーを睨む。
「それ、日常生活無理じゃん!」
「慣れだよ」
「無理だろ」
「あははっ」
ログチーが楽しそうに笑う。
「まあ、キミならそのうちどうにかなるって」
「どうにかって、軽く言うなよ……」
俺は小さく息を吐く。
「……てかさ」
自分の服をつまむ。
「これ何なんだよ……コスプレかよ!」
「コスプレ?」
ログチーが首をかしげる。
「この格好見りゃわかんだろ?」
ログチーがクスッと笑う。
「それは、ご主人の正装」
「……は?」
「能力使うと切り替わる」
「勝手に!?」
「まあね」
「戻せるのか!?」
少し焦りながら、俺は尋ねる。
やれやれと言わんばかりに、ログチーが呟く。
「『Revert』って言ってみて」
「……リバート?」
「元に戻るって意味」
「……」
「言ってみなよ」
俺は、そっと目を閉じた。
「……Revert」
ふっと、体の感覚が変わる。光がほどけ服が元のスウェット姿に変わった。
「戻った……?」
手を見る。違和感は特にない。だけど妙に身体が軽い。感覚も鋭くなったような気がした。
「……あれ?」
さっきまでいたはずのログチーの姿がない。
「……どこ行った?」
「ここだよー!」
すぐ近くから声がした。俺は視線を動かす。
机の上にある腕時計。
「……お前も戻るのかよ!」
「普段はこっち」
ログチーの声が、時計の中から聞こえる。
「……」
俺は、時計を見つめる。
「……変なやつだな」
「ひどっ!」
「水、気をつけなよ?」
「……無理だろ」
ログチーが、クスッと笑う。
「ご主人さ」
囁くようなログチーの声。
「ちょっとワクワクしてただろ?」
答えない。
でも、否定も肯定もできなかった。
俺は、ベッドに横たわって、天井を見上げる。
理由はわからない。
けど、心臓がなんとなく高鳴っていた。
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