消えかけている顔
大通りには人がたくさんいるのに、車の音も、人の声も、まるで何かで包まれたみたいに音が薄く聞こえる。
「……なんだ、これ」
左耳の熱はまだ残っている。
ピアスが脈打つたびに、周囲の景色がわずかに揺らいだ。
さっきの音は──
やっぱり耳で鳴ったんじゃない。
『忘れるな』
その言葉が、今度は耳の奥じゃなくて、大通りのざわめきの中に混じって聞こえた気がした。
ピロリン、ピロリン……
スマホの着信音が鳴り、呆然としていた坂中がハッと我に返って電話を取る。
「…お兄ちゃん?」
「え?よく聞こえない…」
「う、うん……。わかった」
坂中が電話を切る。
「何か、あったのか?」
「さっきの電話って、探してたお兄さん?」
坂中が眉をひそめる。
「…なんで兄のこと、知ってるんですか?」
「いや、さっきお兄さんの話してたじゃん?」
「えっ?」
「私が?」
「ああ…」
「なんか、必死だった。必死に事故のこと聞いててさ」
「事故……?」
「ごめんなさい、思い出せない」
「とにかく私、行かないと…」
坂中はスマホを握りしめる。その手はわずかに震えていた。
「待て!」
坂中の腕を掴む。
「悪ぃけど、俺もついていく」
「え?なんで…?」
何かお前に起こるかも…なんて言ったって信じてもらえねぇ…。でも──
「理由は言えない。けど頼む…」
坂中は困ったように視線を落とした。
この人、一体なんなの?
なんで、こんなに必死なの?
名前も知らない。
信用できる理由もない。
本当なら断るべきなのに。
でも――
兄のことを考えると、一人で行くのは怖かった。それに、理由はわからないけど、この人は大丈夫な気がする…。ただの勘だけど。
「……わかった」
坂中は少しため息をついた後、小さく呟いた。
〜ログチーside〜
「シルバー!絶対に!絶対に無事に戻ってきてね」
紫音を見送りながらログチーは叫んだ。声が届いたかどうかはわからない。
「シルバー…」
ログチーの心配をよそに分身はログチーを撫でてくる。
「わぁ、柔らかいなぁ…」
分身を見るログチー。
「…なんか気持ち悪い!」
ログチーは分身から降り、地面に立つ。
「キミはシルバーの分身!しっかりしてよ!ニセシルバー!」
「ちゃんとしてくれないとさ、オレが残った意味ないし!」
「う、うん!わかった!ログチー!」
ログチーは分身を睨みながら言う。
「ログチーじゃない!ログチー様だ!ニセシルバー」
「は、はい!」
なんか気分がいい、とログチーは思った。
〜紫音side〜
何だかよく分からない寒気を感じた。首を左右に振り、気持ちを整える。
「で、今からどこに向かうんだ?」
「…この先のビルに兄がいるみたいなの」
「この先って確か…?」
坂中と一緒に来たのは、街の外れの空きビルだった。明らかに嫌な感じがする。
思わず息を飲む。
坂中がスマホを手に取り、誰かに電話している。おそらく兄貴だろう。
「…お兄ちゃん?…うん、来たよ」
「どこにいる…」
坂中が言いかけた時、『パンッ』となにかが割れるような音が鳴った──
音が鳴ったのと同時に、また頭の中に映像が浮かんでくる。
血を流して倒れる男。
その男に泣きつく坂中。
そして──
坂中の背中を狙う人影。
まさか、これが起きる…のか?
そうだ!クロノスの写真!
ポケットから、写真を取り出す。
坂中の横にいる男の顔が消えかけている…?
額からいやな汗が流れる。
「坂中…」
坂中が目を丸くする。
(…私、名前なんて言ったっけ?)
「…お前、今から警察を呼んできてくれ…何かやばい気がする」
「あなたは?」
「あなたは、どうするの?」
「俺は…」
言葉を発した時、ピアスが熱を帯びる。
「行く!」
そう言った瞬間、身体を光が包んだ。黒の帽子も、眼鏡も、白いアウターもあっという間に消えていく。代わりに、白いマントが夜風に揺れた。
「あなたは…?」
「……俺は」
坂中を見る。
「…シルバー、銀の怪盗。お前の兄貴、俺が必ず見つける!」
「とにかくここから離れろ!」
「わかった…」
「あなたを、信じる…」
坂中が走って行くのを確認し、俺は空きビルの中に入った。
五階建てのビル。
破裂音は近くから聞こえたから、おそらく二階か三階か…?
慎重に辺りを見渡しながら、階段を上がる。
小さな息づかい…。一体どこにいる?
三階をあがった先のスペースに人影を見つける。近づいてみると肩から血を流している男がいた。
「…誰だ?ブラックカンパニーの奴か?」
(ブラックカンパニー?名前からして怪しさ全開じゃねぇか)
「…アンタが、坂中の兄貴か?」
「…歩?歩は無事なのか?」
「無事だ。今警察を──」
パァンッ…
頬を熱いものが掠めた。
「……っ!?」
「キミは逃げろ!!ただ頼む!歩を、歩だけは守ってくれ」
「俺のことは放っておいていい。俺はここで消される」
「組織の情報を知ってしまったから」
「だから──」
その時、また人の気配──
無意識にチェーンを力強く投げる。
「うわぁぁぁ、なんだこれは」
人の声。
チェーンをたぐり寄せる。
黒いスーツの男がチェーンに縛られている。手には銃が握られていた。
「はは……クッソやばいな」
男が叫ぶ。
「た、助けてくれ!」
「うるせぇ!黙って寝てろ」
チェーンを引っ張り、顔面から床へ落とす。
ベチャッ
男は気絶した。
「キミは、一体何者なんだ?」
坂中の兄貴が目を見開く。
「俺はシルバー、銀の怪盗。アンタが聞いたその情報、俺がアンタの代わりに引き継ぐ」
ポケットの中の黒いカードがまた熱を帯びる。
俺はまだそれを見てなかった。
カードには、こう記されていた。
『連鎖の終わり、黒川紫音』と──




