夢? 消えた記憶
いつもより少し早く目が覚めた。
ぼんやりと天井を見つめる。目は覚めているのに、頭が重い。眠れていたはずなのに、どこか疲れが残っている。
目をこすりながら、ゆっくりと起き上がる。昨夜のことが断片的に頭に浮かぶ。
白い影、逆に動く時計、ドアがゆっくり開く音——。
はっきりと思い出せないけど、ただの夢なんかとは思えなかった。妙に現実すぎた。
腕時計を見る。カチ、カチ、と、何事もなかったように、普通に動いている。
「……まあ、普通だよな」
スウェットを脱ぎ、制服に着替える。
階段を降りると、リビングから味噌汁のいい香りが漂ってきた。
「おはよう」
母さんが笑顔で話しかけてくる。
「……はよー」
欠伸をしながら俺は応える。
じいちゃんは食い終わったのか、もう呑気にお茶をすすっている。
「……なあ、じいちゃん」
「どうした? 紫音」
じいちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。
「あのさ……」
首の後ろを掻きながら尋ねる。
「昨日の夜、俺が寝たあとにもしかして、部屋に入ったりとかした?」
じいちゃんが返事する前に、母さんが、クスッと笑う。
「なにそれ? 変な夢でも見たの?」
俺は少し眉をしかめ、
「夢じゃないんだって!そう、廊下! 廊下から音がしたんだよ!」
少しムキになりながら返す。
「気のせいでしょ」
母さんは気にした様子もなく、
「ちょっと疲れてるんじゃない?」
俺は話すのをやめ、無言でトーストをかじった。
じいちゃんが、ゆっくりと口を開く。
「怖い夢でも見たのか……でもまあ、夢は夢じゃ」
穏やかな声で、いつも通りの言い方。
「そうだよな……ただの夢だよな」
モヤモヤはあるものの、俺はそれ以上考えるのをやめ、そのまま家を出た。
通学路――
朝の空気が冷たい。
家を出た瞬間、思わず肩をすくめた。
「……さむっ」
いつもの通学路を歩きながら伸びをする。見慣れた景色が並ぶ中、足早に歩いた。
時計を見ると7時58分。
(いつもより余裕だな)
視線を前に戻すと、横を通り過ぎた生徒の動きが、ほんの一瞬だけ遅れたような気がした。
「……?」
思わず立ち止まって目をこする。
だけど、さっき見た生徒には、特に変わった様子はない。
変だなと思いつつも、そのまま歩くと信号に差し掛かった。
信号は赤。まだ変わらないな……と、そう思った瞬間、青に変わった。
「えっ……!?」
周りの動きは何も変わらない。けど妙な違和感だけが残る。
(なんだ、これ。マジキモい)
その時、学校のチャイムが鳴った。
(……もうそんな時間か?)
思っていたよりも早い。
時計を見る。
8時20分。
チャイムのタイミングとも合っているのに、自分の中の時間と合わない。
首を傾げながら視線を前に戻すと、さっきまでいたはずの数人の生徒たちが誰もいない。
「あれ?」
呆然としたまま、俺は校門をくぐった。
教室――
ガラッと教室の扉を開ける。いつもと変わらない、朝の空気。
数人の生徒が席に着いている。話し声がざわざわと広がっている。
「よ、紫音」
大地が手を上げる。
「……おう」
軽く返し、席に着く。特に変わった様子はない。いつも通りの教室。そのはずなのに、噛み合っていない感覚が拭えない。
「紫音どうした? ぼーっとして」
ナオが話しかけてくる。
「あ、いや、別に」
「なんか顔色悪いぞ? 大丈夫か?」
ナオが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「……はは、昨日あんま寝れなくてさ」
「お前、授業中に寝んなよ?」
ナオは呆れ顔で言った。
◇◇◇
ホームルームが終わって、担任の声もクラスのざわめきも、いつも通り普通に流れていく。
何もおかしなことは起きていない。
だけど自分だけが少し遅れているような感じが否めなかった。
放課後——
大地が声をかけてくる。
「なあ紫音、昼休みに話してたやつだけどさぁ」
「なんの話だ?」
大地が続ける。
「週末にさ、ラウンドワン行こうって言ってたじゃん?」
「……いや、言ってないけど?」
(そんな話した覚えがない)
「は?」
大地が目を丸くしながら言った。
「お前、自分で言ってたじゃん」
横からノブが笑いながらツッコむ。
「いやいや、普通に話してたぞ?」
ナオも頷きながら、
「珍しく、結構ノリノリだったし?」
「俺が? ノリノリで?」
記憶を辿るも思い出せない。
大地が不思議そうに尋ねてくる。
「紫音どうした?」
「いや、別に……」
ノブが笑いながら、
「とりあえず行こうぜ!ラウンドワン」
ナオも軽く頷く。
「どうせ暇だろ?」
三人が笑う。
いつものノリ、軽い空気。頭の中の記憶を探ってみるけど、覚えてるのは昼飯を食って、たわいない話をしたぐらい。
「ラウワンの割引クーポンがアプリにあったぞ?」
ノブがドヤ顔でスマホを見せてくる。
「二割引じゃん! 金欠の俺らには最高だよなー?紫音」
大地が俺を見てニヤリと笑う。
「そうだな」
話を合わす。
「その前にお前ら寝坊すんなよ?」
ナオが諭すように呟く。
「出た! オカン」
ノブが笑う。
「誰がオカンだよっ!」
ナオがツッコむ。
記憶のない気持ち悪さを抱えたまま、俺は会話を聞いていた。みんなが笑ってるのに、俺だけが笑えない。
まるで自分一人だけが時間の中に取り残されてたみたいに——。
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