夢と現実は曖昧なもの
額に滲んだ汗を手で拭う。まだ心臓がバクバクとしていて全く落ちつかない。
夢だとわかっているのに妙に胸の奥がざわつく。息をゆっくり整えながらぼんやりと天井を見た。
コンコンとノック音。
「紫音ー? もうお昼だけど、起きてる?」
心配そうな母さんの声がドアの向こうから聞こえる。
「……起きてる」
掠れた声で返事をする。
ベッドから出ようとした瞬間、ズキッと頭に鋭い痛みが走り、思わず頭を抑えた。
「……紫音?」
様子がおかしいと思ったのか、母さんが部屋のドアを開ける。
「紫音っ!!」
慌ててかけよってくる母さん。心配そうな顔で俺の額に手をあてた。
「……っ!? やだ! すごい熱じゃないの!」
母さんは起こした俺の身体をそっとベッドに寝かせた。
「ちょっと氷枕持ってくるからそのまま寝てるのよ」
「あ、うん……」
ベッドに横たわりながらそのまままた目を閉じた。
その後、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。頭の氷枕がひんやりと心地よくて気持ちがいい。
ゆっくり目を開けるといつの間にか目の前にじいちゃんが座っている。
「……また、夢?」
じいちゃんは俺を見て微笑む。
「紫音が寝込むのはいつぶりかの」
揶揄うような話し方。
「……じいちゃん!!」
思わず飛び起きる。何故だかわからないけど、目に涙が滲んだ。
「……なんじゃ? 泣いとるのか? 珍しいの」
「泣いてねぇ!!」
手で涙を拭う。
「……紫音」
じいちゃんが俺を見る。
「……ん? 何? 泣いてねぇから!」
「ほっほっ……身体がしんどいんじゃろ?」
「……まあな」
じいちゃんはフッと微笑み、袖から小さなビンを取り出した。
「ほれ、これ飲め!」
「……何だよ、これ?」
小さな瓶に、丸くて黒い――
「……鼻くそ?」
じいちゃんは一瞬よろける。
「いいから飲め! ほれ、水じゃ!」
手に取ったそれを見つめる。思いきって、口に放り込んだ。
「……ゴクッ」
「どうじゃ?」
「……ゴホッ、これめちゃくちゃ臭ぇんだけど」
じいちゃんは一瞬考えてから言った。
「良薬、鼻に臭しじゃ!」
飲んでた水を、一瞬吹きそうになる。
「それを言うなら良薬、口に苦しだろ!」
口を拭いながらツッコむ。
「ほっほっ……まあそうとも言うな」
じいちゃんが飄々と笑う。
「そうとしか言わねぇから!」
呆れ気味にじいちゃんを見る。
「あまり興奮すると、身体に障るぞ?」
じいちゃんがニヤっと笑う。
そしてじいちゃんは俺の頭を優しく撫でた。
「……もう、ガキじゃねぇんだから」
思わず悪態をついてしまう。
「じいちゃんこそ、身体しんどいんじゃなかったのかよ」
じいちゃんが静かに笑う。
「紫音は優しい子に育ったの」
「べ、別に普通だろ?」
視線を逸らす。
じいちゃんは俺を見つめながら
「お前は、じいちゃんの宝じゃ……」
じいちゃんは触れた手を離し、
「ゆっくり休め」
優しく微笑み、その後部屋を出ていった。
入れ替わりに母さんが入ってくる。
「紫音、お腹空いたでしょ?」
母さんがお粥を持ってくる。
「あ、ああ……」
「あら?」
母さんが俺の額に手を当てる。
「……熱、下がってそうね」
「いっぱい寝たからかなぁ?」
(確かに、身体がなんか軽い)
そう言って大きく伸びをした。
母さんがクスッと笑いながら尋ねてくる。
「お母さん買い物行ってくるけど、何か欲しいものとかある?」
「うーん? いや……特に……。あ!」
「ん?」
「あのさ、ひとつだけ頼めるかな?」
母さんをチラッと見る。
「駅前のビジネスホテルにリュック忘れちゃってさ……。取ってきてくれねぇ?」
「ビジネスホテル? なんでそんなところに?」
母さんが怪訝そうに尋ねてくる。
「あ、えっと……その、クラスメイトがバイトしててさ、そいつと話してたら、つい忘れちまってて……。ね、熱でぼうっとしてたからかなぁ」
「ふぅん、そうなのね。まあ、ついでだし行ってくるわね」
(う、嘘をつく時は本当のことを少し混ぜればいいってナオが言ってたしな……)
◇◇◇
夜になり、リビングに降りる。たくさん寝たからか、あのじいちゃんの臭い薬が効いたのか、身体はかなり楽になっていた。
リビングに入った瞬間、母さんが少し怒った様子で振り返る。
「紫音……」
「……ん?」
母さんを見ると、鬼の形相で俺を睨んでいる。
「か、母さん?」
(何怒ってんだ?)
「紫音、アナタ……」
母さんが微妙な笑顔を向けてくる。
「ん?」
「……駅前のホテルで危ない目に合ったみたいね?」
「えっ? な、なんで……」
母さんが、ホテルに置いてきた俺の黒いリュックを投げつけてくる。
「フロントの人に聞いたわよ? 乱闘騒ぎに巻き込まれた高校生って……」
「げっ!」
(口軽すぎだろ! ホテルの人ー!!!)
「ちょ、ちょっと落ちつけって!」
「これが落ちついていられますかっ!こんのバカ息子ーー!」
母さんが身体をバシバシと叩いてくる。
「病気の息子を労わってくれよー!!」
「そんなの自業自得でしょうが!」
母さんの怒りは中々とどまることもなく、一方的な親子喧嘩がしばらく続いた。
土曜日に引き続き、日曜日も、何かと騒がしい日だった。
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