思いがけない高揚感
玄関を出た瞬間、紫音は足を止めた。
「……この格好で外は無理だな」
黒い仮面。
銀髪。
どう見ても不審者だ。
「あっ忘れてた!はいっ!」
白いパーカーが、黒いインナーに変わる。
白いマントとジャケットが、ふわっと肌に触れる。
肩の上で、ログチーが自慢げに呟く。
「やっぱ、シルバーは正装じゃないとね」
ログチーを横目に、ため息がちに呟く。
「……まあ、どっちみち不審者だな」
「どうするシルバー?」
紫音は黙って、周囲を見渡す。
人の気配がないのを確認して——
「上から行く」
「え?」
軽く膝を曲げる。
そのまま、地面を蹴った。
「うわっ!?」
ログチーの声が裏返る。
一気に塀を越え、
そのまま隣家の屋根へと飛び移る。
「っと……」
軽く着地。
地面が、思っていたよりずっと遠い。
(落ちたら終わりだな……)
額に汗が滲む。
「ちょ、ちょっと待ってシルバー!」
ポケットの中からログチーが顔を出す。
「…………っ」
(何だ、この身体の軽さは…)
視線を前に向けると
夜の街が、広がっている。
屋根、屋根、ビル。
足場には困らない。
「……行ける」
建物から、建物へ飛び移る。
夜風を切る音。
体が、軽い。
「……っ」
自分でもわかる。
「これも……力の影響か」
ポケットの中で、ログチーが言う。
「わかんない……でも元々の身体能力が高いんじゃないかな?」
「……またそれかよ」
紫音は鼻の頭を指先で少し掻きながら、
ログチーに尋ねる。
「てか、今何時だ?」
「んーっと20時20分」
「……時間がない。急ぐぞ」
屋根を蹴り、壁を蹴り、
まるで夜の中を滑るように進んでいく。
視界の先に、目的のビルが見えた。
「……セントラルビル」
「飛び移るには、ちょっと高いな」
「え?」
ログチーの声を無視して、
紫音は、周りを見渡す。
「逆から行くか」
再度、地面を蹴り、別のビルに飛び移る。
が、高さが足りず、姿勢を崩して落ちそうになる。
「……クッ」
無意識に腰のチェーンを掴んで放つ。
銀の鎖が、まるで意思を持つかのように
ビルの柱に巻き付いた。
ガクンッ、と強い衝撃が腕を襲う。
腕が引きちぎれそうな感覚。
間一髪、宙吊りの状態で身体が止まった。
「……あっぶねぇ」
(一瞬、死ぬかと思った……)
背中にそっと汗が走る。
腕の痺れが残ったまま
再び、壁を蹴り、窓枠を掴んで
一気に上へと駆け上がる。
地面が、どんどん遠ざかっていく。
「……っ」
(何だ、この高揚感……)
「シルバー、目が回るよー」
「あと少しだけ我慢しろよ」
屋上に届く柵に手をかけ、体を引き上げる。
そして、華麗に着地……は
出来なかった。
着地した瞬間、膝に衝撃が走り、前に倒れた。
「いってぇ……」
(決まんねぇな……はは)
ログチーがポケットの中から目を回しながら言う。
「落っこちるかと思った」
荒い呼吸だけが、夜の屋上に残る。
息を整えながら
スマホを見る。
時刻は20時45分。
「……ギリ間に合ったか」
紫音はゆっくりと顔を上げた。
夜景が広がるビルの屋上。
街の光が、遠くまで続いている。
けど——
視線は、すぐに一点に吸い寄せられた。
紫音の逆側、柵の向こう。
一人の男が、立っている。
スーツ姿。
乱れたネクタイ。
今にも崩れ落ちそうな背中だった。
脳裏に、あの映像がよぎる。
まさか、飛び降りるつもりか……?
紫音は慎重に、男に近づく。
「……誰だ」
振り返らないまま、声が返ってくる。
少し考えてから、答える。
「ただの通りすがりだ……」
ポケットの中から、ログチーが呆れた声で呟く。
「通りすがりて……」
「帰ってくれ!もう飛び降りるしかないんだ……」
背中越しに、男は震えながら答える。
無言のまま、
さらに一歩、距離を縮める。
足元のコンクリートが、冷たい。
「飛んだら終わりだぞ」
「……終わってるんだよ、もう」
男が、小さく笑う。
風に流されて消えいりそうな声だった。
もう一歩、男に近づいた時——
頭に何か流れこんでくる。
(……?)
機密情報をライバル会社に盗られた……
明日には公表されてしまう……
もう終わりだ……
何もかも……
何か、妙に生々しい。
(これは、おっさんの記憶……?)
紫音は黙ったまま、男の背中を見る。
風が、強く吹き抜ける。
「もう、終わりだ」
男の足が、わずかに前へ出る。
男が飛び降りる、その瞬間——
紫音は必死に腕を伸ばした。
絶対に掴む——それだけだ。
(間に合え……!)
指先が触れたと同時に
男の手を掴み
力いっぱい引き上げた。
「っ……間一髪だったな」
男がその場で力なく崩れ落ちた。
「何で……助けたんだ……関係ないだろ……」
吐き出すように男が呟く。
「確かに、関係ないな……」
「でもな……」
男を真っ直ぐに見つめながら言う。
「助けて欲しいって思ってる奴を、放っとけるほど大人じゃないんだよ」
男が、ゆっくりとこちらを向く。
銀色の髪。
黒い仮面の中に、青い瞳。
「お前は……」
「まさか、あの……怪盗アルジェントか?」
(また、アルジェント?)
静かに首を横に振る。
「俺は、シルバー……」
一息おいてから続けた。
「銀の怪盗だ……」
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