予期しなかった拡散
冬の日差しがカーテンの隙間から差し込み、白い光が部屋の中を照らす。
「……うっ、眩し……」
布団の中から手を伸ばし、スマホを掴んだ。スマホの画面は七時二十分と表示されている。
「は?」
上布団を押し退け、慌てて飛び起きる。
その直後、ノックの音がする。
「紫音ー! 起きてるの?」
母さんの声がドア越しに響く。
「うわぁっ!」
慌ててドアが開くのを即座に抑えた。
「今着替えてるから絶対に開けんなよ!」
思わず強い口調になる。
「はいはい、また思春期ー?」
呆れたような声。
「着替え見られて困るとか、一体何してんのよ」
「うるせぇって!」
そう言い返しながら鏡の前に立つ。
「もう、さっさと着替えて降りてきなさいよー」
「わかってるって!」
母さんの足音が遠ざかっていく。
鏡の中に映っているのはいつもの自分。
黒髪に黒のスウェット。寝起きのままの、見慣れた顔。
「……戻ってる!?」
鏡を見ながら自分の顔に触れてみた。思わず胸を撫で下ろす。
左腕の腕時計を軽く指で叩いてみたけど、ログチーは静かなままで反応はない。
「……まだ寝てんのか」
ぼそっと呟く。
ベッドに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げる。変わらない、いつもの自分の部屋。
昨夜のことが頭をよぎる。
アルカにクロノス、そして黒いカード。
現実だったのかすら曖昧な感じだったけど、黒いカードが現実で起こったことだと証明している。
「紫音ー! いい加減にしないと遅れるわよー!」
母さんの声で思考が途切れる。
「わかってるって!」
さっと制服に着替え、階段を降りた。
ダイニング——
食卓を見渡すと、またじいちゃんがいない。
「母さん、じいちゃんまた寝てるのか?」
「そうなのよー、なんか調子悪いみたい」
眉を下げながら、心配そうに呟く。
「病院行きましょって言ったんだけどね」
母さんは困ったように俺を見る。
「紫音も、おじいちゃん気にしてあげてね」
「うん、わかってる。あ、やべっ時間!」
慌てて靴を履く。
じいちゃんがいない。いつもならそこにいるはずの姿。冬の冷たい空気が静かに流れている。
「じいちゃん、大丈夫かな」
一人ボソッと呟く。じいちゃんのことが気になりながら俺はそのまま家を出た。
◇◇◇
教室——
「ねー見た!?」「マジでやばくない?」
教室の空気がいつもより少し浮き足立っていて妙に騒がしい。
「……?」
席に着き、大地に声をかける。
「なぁ? なんかあったのか?」
「ん? お前、昨日のSNS見てねぇのか?」
「SNS……」
大地がやれやれといった様子でスマホを取り出す。
「なんかSNSでさ、昨日めちゃくちゃバズって拡散されたのがあってさ」
「へー」
興味なさそうに頷く。
「動画撮ろうとしたやつがいたらしいんだけど、全然無理だったらしくてさ」
「早すぎてブレブレ」
「で、辛うじて撮れたのがこれらしいぞ?」
大地が画面を向けてくる。
そこに映っていたのは、銀髪に黒い仮面をつけた白いジャケットの俺。
「は?」
思わず手に持っていた教科書が手から落ちる。バサバサッと乾いた音が床に響く。
「紫音、まだ寝ぼけてんのかよ」
大地がクスッと笑う。
「は、ははは……そ、そうだな」
軽く笑って誤魔化す。
胸の鼓動がドクンと跳ねる。
大地が続ける。
「なんか『これが怪盗アルジェントか』って言われてるらしいぜ」
「いや、ちげぇし!」
無意識に否定する。
「えっ?」
大地が不思議そうな顔をする。
「あ……いや、こっちの話」
慌てて誤魔化す。
「なんかのイベントとかだったって話も出てるし、謎のイケメンって説もあるみたいだぜ?」
「仮面してんのに顔なんかわかんねーじゃん」
「なにムキになってんだよ」
「いや、別に……ムキになんか……」
「なぁ」
大地が俺を見る。
「まさか、お前じゃないよな?」
「……え?」
思わず目を見開く。
「いや、だってお前さぁ、昨日の昼からいなかったしさ」
冗談混じりに大地が言う。
「そ、そんなの、あるわけねーじゃん」
少し焦り気味に答えてしまう。
「だよなぁ? 紫音がコスプレ、ププッ、ないない! ないわぁ」
大地は机を叩きながら笑っている。
「……もしさ」
「ん?」
大地が涙目で俺を見る。
「その白い奴が、もし俺だったら、お前どうする?」
「はぁ?」
大地が呆れた声を出す。
「紫音が?」
「お、おう」
鼓動が早くなるのを抑えながら大地を見る。
「ぷはっ! そんなの絶対ありえねぇだろー」
俺は視線を逸らしながら、
「……だよな」と答えた。
今見た映像は顔もわからないくらいブレてたけど、ハッキリ映っていたと思うと背筋がゾッとする。
身バレしたらきっと周りを巻き込んでしまう。絶対に正体がバレないようにしないと……。
無意識に左腕を見る。
時計は静かなまま時間を刻み、何も答えなかった。
◇◇◇
某時刻——アルカ店内。
薄暗い店内に静かな空気が流れている。
クロノスが、男に黒いカードを手渡す。
「すまん、油断した」
「いや、いい」
男はカードを受け取り、軽く指でなぞる。その手つきはどこか慣れているようだった。
「また来る」
「ああ……またな、At」
男はわずかに口元を緩める。
「いや、アルジェント」
その瞳は先程までここにいた少年とどことなくよく似ていた。
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