謎の店、アルカ
店の前に立つと、空気が変わった感じがした。まるでこの場所だけが切り取られているみたいな感覚。
「シルバー……ほんとに行くの?」
ログチーが俺の肩で不安そうに呟く。
「ああ……」
目の前の扉に手を伸ばす。指先が扉に触れた瞬間、冷たい金属の感触が伝わり、喉がゴクリと鳴った。
そのまま扉を押すとわずかに軋む音がやけに大きく響いた。
「……えっと、お邪魔しまーす!」
特に返答はない。
中は薄暗い。なんとなくだけど空気も重苦しく感じる。建物の中なのに、ひんやりとした温度が肌にまとわりついてくる。
「さむっ……部屋の中なのになんでこんな寒いんだ? ログチー寒くないか?」
「うん、平気……それより、引き返したほうがよくない?」
ログチーは俺の腕にしがみついている。
「危険になったら逃げればいいじゃん」
俺は警戒しながら、ゆっくり周囲を見渡した。
ふと、視線が上に向く。
看板のようなものに見たことのない文字。
読めないはずなのに「アルカ……?」と、自然と口にしていた。
「え、え!? ちょっと待って!?」
ログチーが急に焦り出し、俺の服を引っぱってくる。
「シルバー! やっぱり引き返そう?」
「なんで?」
「なんで? じゃないってば!」
ログチーが青ざめながら小さく呟く。
「出れる保証ないかもしれない……」
「は?」
目線を上げると何かの気配。振り返るといつの間にか目の前に男が立っていた。
「うわああああ!!」
ログチーが勢いよく顔に飛びついてくる。
「ちょっ……おい!」
視界が塞がれる。
「ムリムリムリムリ!!」
「離れろっての!」
「やだ!! 前見て!! 前!!」
「見えねぇっつーの!」
ログチーを無理やり引き剥がす。塞がってた視界が開く。
視線を上げると、目の前にはガタイの良い長身の男。黒い長髪、そして感情の見えない瞳でこちらを見ている。
「……ようこそ」
男の低い声が静かに響く。
後ずさりしそうになりながらも俺は男に尋ねた。
「……どこだよ、ここ」
男はただ一言、「アルカ」と短く告げた。
「俺の店だ」
「アンタの店……?」
背中からの汗を感じながら、周囲を見渡す。気づくとさっきより明るく店内を照らしている。
でも、その光はどこか不自然で、影が不気味に揺れている。
店内には不自然なくらい誰もいない。
棚には商品なのか、なんなのか用途のわからないものが並んでいる。
「てか、アンタは?」
「俺はクロノス」
「好きに見ていけばいい」
そう言って、クロノスはカウンターに腰を下ろした。
「好きに見ろって言われても……」
店内へ視線を巡らせてみると、見覚えのあるものが目に入った。
反射的にポケットから黒いカードを取り出す。
「……これ、同じカード?」
確かめるように、棚のカードへ手を伸ばす。
触れた瞬間、銀のチェーンのような模様が浮かび上がった。
「……なんだ?」
カードを掴んだ瞬間、背後に人の気配。
即座に振り返るとクロノスが後ろに立っていた。
(いつの間に!?)
クロノスが不気味に口角を上げる。
唖然としながらクロノスを見る。
胸ポケットの中でログチーが黙って震えていた。
俺は軽くポケットを押さえながら、
「急に背後に立つんじゃねぇよ……」
少し強がりながら一歩後ずさる。
クロノスは何も言わず、俺の手にある二枚のカードを見た。
「店にあるそのカードはもうお前のものだ」
「は?」
眉をひそめる。
「いやいや、いらねーし! つか買わねーし! 押し売るな!」
顔をしかめながら全面拒否をした。
クロノスは微動だにしない。
「うちの商品は持ち主を選ぶ。お前は選ばれた。金はいらない」
「その代わり——」
「ヤダヤダヤダヤダー! 命とか無理無理ー!」
ポケットの中でログチーが暴れ出す。
俺は小さく息を吐き、そっとポケットを撫でた。
クロノスが、静かに笑う。
「命ではない」
クロノスが俺の右手を見る。
握っている黒いカード。縁に銀の装飾、そして右下のAtの文字。
クロノスが、一歩近づく。
「……At」
低い声でそう呟く。
ログチーがそっと胸ポケットからモゾモゾと顔を出す。
クロノスは、真っ直ぐに俺を見た。
「面白いものを持っているな」
「これが?」
「価値のあるものだ」
短く断言する。
「それと交換しよう」
「……は?」
クロノスがニヤっと不気味に笑う。
「対価としては、十分だ」
「さあ、交換だ」
「ちょっ!」
話終わる前に、手に持っていたカードの感触がふっと消えた。
右手を見ると何もない。
「えっ?」
視線をクロノスに向けると、カードはクロノスの手の中にあった。
(いつの間に……?)
「このカードは一体何なんだ?」
「……いずれ、わかる」
「そんな説明じゃ……」
言い終わる前に意識がゆっくりと遠のいていく。
誰もいなかったはずの店内に、別の気配が入ってきた気がしたけど、そのまま俺はその視界から落ちた。
◇◇◇
「……はっ」
目を覚ますと、自室の天井が見えた。
いつもの自分の部屋なのに妙な静けさを感じた。戻ってきたはずなのにどこか感覚がズレているような気がした。
左手を見ると黒いカードを握りしめている。拾ったものとは違う、見覚えのない装飾。
「さっき店で見たやつか?」
一人ポツリと呟く。
ふと自分の姿を見る。
白いジャケット、黒いインナー、そして銀のチェーン。
——まだ、戻っていない?
(ログチーッ!?)
焦って胸ポケットを見ると、寝息をたてながらログチーが眠っていた。
ふと目を細め、無意識に微笑む。
「無事で良かった……」
ホッとしたのか張り詰めていた力が抜けていく。そのままゆっくりと俺の意識は落ちていった。
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