意図しない変身
教室を出て足早に歩き出す。
廊下には昼休みの賑やかな声が響いている。
階段を下り、昇降口を抜け、まっすぐ校門に向かって歩いていく。周りに人がいないか確認しながら校門を出た。
通学路を少し逸れたところで、
「ちょっと君……」と、後ろから声をかけられる。
振り返ると知らない男が不審そうな目で俺を見ていた。
「キミ、学校は?」
そう聞かれ、言葉に詰まる。サボって外に出たなんてとてもじゃないけど言えない。黙っている俺を見て男は更に尋ねてくる。
「今はまだ授業中じゃないのか?」
疑うような目で俺を見る。
(このオッサン……警察か? どうする?)
「……ゴホッゴホッ、ちょっと体調が悪くて……ゴホッゴホッ、帰るとこなんすよ」
わざとらしく咳こみながら答えた。
「そ、そうか、大丈夫かい?」
男が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「ゴホッゴホッ、うつるといけないんで……ははっ、さ、さいなら!」
そう言って俺は踵を返す。
「ちょ、待ちなさい!」
男が俺を呼び止めるのも聞かず、その場から逃げ出すように走り出した。
心臓の鼓動が早くなる。曲がり角を曲がり、そのまままっすぐ全力で走る。
「はぁっはぁっ」
(寝不足の身体にはキチィー)
「……ログチー!」
走りながら、腕時計に向かって小声で叫ぶ。
「あれ? ログチーどうした?」
返事はない。
「おいって……!」
「……んー?」
間の抜けた声。
「おはよー……シルバー」
「おはよーじゃねぇよ! 二度寝すんな!」
(俺だって眠いんだよ!)
「てか、今それどころじゃねぇんだよ!」
少し苛立ち気味に説明する。
「撒いたと思うけど、追われてたんだよ!」
「んー? 鬼ごっこー?」
寝ぼけた間抜けな声。
「お前な……」
その時、急にガクッと視界が揺れた。
「……っ?」
身体に違和感。ふと自分を見ると、白いジャケットに翻るマント、腰元で銀のチェーンが揺れている。
「は?」
驚いて走っている足が止まりかける。
「はああああああ? なんでまたコスプレ姿になってんだよー!!!」
周囲の視線が、一気に集まってくる。
「待て待て待て待て! なんだよこの状況」
青ざめながら走る俺。
周りからザワザワと声が聞こえてくる。
「え、なにあれ?」
「コスプレ?」
「動画撮ろ」
周囲が興味本位で一斉にスマホを向けてくる。
「俺は見せ物じゃねぇー!!」
反射的にマントで顔を隠し、そのまま全力で走り続ける。人の間をすり抜け、視線を振り払い、路地裏に飛び込んだ。
「……はぁっはぁっ」
壁に背をつき、息を整える。さっきまでの騒音が遠くに聞こえた。
「撒いたか……」
腕を見ると、ログチーがしがみついたままウトウトしている。
「おいっ! 呑気に寝んな!」
「……んー?」
目を擦り、キョロキョロするログチー。
「聞いてるか?」
「うん?」
俺は自分の服装を指してログチーに言った。
「これ! なんで勝手に発動してんだよ!」
「え? え?」
わけがわからないと焦るログチー。
「ちょ、ちょっと待って! これオレじゃないって!」
「どうでもいいから早く戻せよ」
「え、えっと……リバート?」
「それだ! ……Revert」
唱えてみるも何も起きない。
「……あれ? なんでだ? よし! もう一回だ!」
目を閉じて再度唱えてみる。
「……Revert」
やっぱり何も起こらない。
「……なんでだよ」
苛立ちと焦りが入り交じる。
無意識にポケットの中に手を入れる。黒いカードが手に触れた。
「……戻れるかもしれねぇ」
「え? どういうこと?」
ログチーが反応する。
「例えばカードを拾った時に戻れば、強制的に家に戻るのかな? って」
「ちょっ! そんなのダメだよ!」
ログチーが襟を引っ張ってくる。
「こんなよくわからない状態でやるのは危険なんだからぁ」
「方法がこれ以外思いつかねぇし」
「ちょっ! シルバー!」
ログチーが止めるのも聞かず、俺は目を閉じて、意識を集中させる。
時間、記憶、違和感、強いイメージ、その感覚を丁寧になぞっていく。
ポツ……。
「冷てっ!」
びっくりして目を開ける。頬に冷たい感触。
ポツポツと大粒の雨が空から落ちてくる。
空を見上げた瞬間、ザーッと、雨脚が一気に強くなり、同時に視界がぐにゃりと歪んだ。
「……っ!?」
身体が、引っ張られる感覚。
「シルバー、ヤバいって!」
ログチーの声。
足元が揺れ、時間の感覚が崩れていく。
前に進んでいるのか、戻っているのかわからないまま、視界が白くなっていった。
◇◇◇
気づくと雨音が消えていた。
ゆっくりと目を開ける。
そこは見たことのない場所だった。
薄暗い空間、目の前に古びた扉の店が一軒。
「……なんだよ、ここ」
背後を振り返る。さっきまでいた路地裏はどこにもなかった。
「……は?」
ログチーが、鼻をヒクヒクさせている。
「匂いがしない……なんだろう? ここ……」
「匂い?」
「うん。よくわからないけど」
「わからないけど?」
「何か不思議な感じがする……」
周りを見渡せど、何もない異様な空間。
あるのはその店だけ。
それに、あまりにも静かすぎる。
「……ここって現実なんだよな?」
ログチーを見ると何か様子がおかしい。
「どうした?」
「シルバー、なんかすごーくまずい気がする」
「は? どういうことだよ?」
ログチーがブルッと震えながら呟く。
「ここ、何か危険な感じがするよ?」
「危険って……」
背中に汗が伝う。
チラッと店を見る。
扉の向こうから微かに人の気配がする。
静かに誰かがこちらを見ているような感覚。
ゴクリと息をのむ。
変な場所に紛れこんだというのに、なぜか怖さはない。むしろ少しワクワクしている自分がいた。
俺は無意識に店に向かって一歩踏み出していた。
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