二十五話 バレンタインのお呪い
バレンタイン
それは、チョコレートを好きな人や日頃お世話になっている人に贈る日とされている。
起源には諸説あるが、日本では昭和中頃から製菓業界を中心に広まった風習だ。本命、義理、友チョコ。贈る側の気持ちによって、同じチョコレートでも意味合いは変わってくる。
そして当然、手作りとなれば話はまた別だ
………
……
…
「う〜ん、料理って難しいよぉー」
キッチンに立つ琥珀が、エプロン姿で頭を抱える。ボウルの中の溶かしたチョコレートは、妙にぼそぼそとした質感で、艶がまったくない。テーブルには割りかけの板チョコが散乱し、粉砂糖の袋から白い粉が盛大にこぼれている。
「ほら、頑張らないと。クロさんに手作りチョコレート渡したいんでしょ?」
紫苑が携帯でレシピを確認しながら、涼しい顔で琥珀に話しかける。自分の分はすでに仕上がっており、ラッピングまで済んでいる。
「あわわわ…、ち、違うよ? いつもお世話になってるクロさんと玖壱さん二人にだよ?」
「はいはい」
「は、はいはいって何!?」
琥珀の顔が赤くなる。紫苑はそれ以上何も言わず、ただ微かに口元を緩めるだけだった。
「……それより、形が崩れてきてる。もう一回やり直した方がいいかも」
「えぇーっ」
「テンパリングの温度、ちゃんと守った?」
「テン……なにそれ」
紫苑が小さくため息をつく。
「チョコレートを溶かして固める時に、温度を細かく調整する作業のこと。それをしないと艶が出なくて、口溶けも悪くなるの」
「そんなの最初に教えてよ!」
「レシピに書いてあったよ」
「見落としてた……」
琥珀はがっくりと肩を落とした。それから気を取り直すように深呼吸して、もう一度ボウルに向き直る。
「……よし、やり直す」
「その意気だよ」
琥珀を見つめる紫苑の横顔には、少しの呆れと、温かさがあった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
二月十四日の昼過ぎ、クロの事務所に玖壱が顔を出した。
「なんで集合場所ここなんだよ」
玖壱の姿が見えるなり悪態をつくクロ。
それに対し玖壱は肩をすくめる。
「まぁ、今日バレンタインやし、そういうことなんやろ」
「てか、お前は仕事中だろ。サボってて良いのか?」
「サボりやないよ。市民との交流も立派な業務や」
「ずいぶんと都合のいい言い訳だな。それじゃあ、その袋も市民交流の一環か?」
そう言って、クロは玖壱が提げてきた紙袋を指差す。口が半開きになっており、中には箱がいくつも詰め込まれているのが見える。
「ああ、これな。職場の人から貰った義理チョコや。一人で食べるには量が多いから手伝ってもらお思うて」
クロは袋の中を一瞥した。
(いや、何個か本命っぽいの混じってねぇか?)
義理チョコでどデカい赤のハート形チョコを贈るだろうか? と思ったが、貰った本人が義理と言うのならそうなのかもしれない。いずれにせよ、クロの知ったことではなかった。
「そういうクロも机にチョコ置いてあるけど、これは?」
玖壱が机の上に目を向けた。そこには大小様々な包みがいくつか積まれている。
「……あぁ、前に依頼をしてきた連中が送ってきた奴だ。食えたもんじゃねぇよ」
「え、なんで?」
「たとえばコレとか……」
クロは机の上のチョコを一つ選び、包装紙をはがして手に持った。見た目は普通のブロックチョコだ。
パキッ。
迷いなく砕く。
「うわっ……」
割れたチョコの断面から、赤い液体がにじみ出てくる。それだけならまだしも、細く黒い、女性の髪のようなものが数本、折れ目から垂れている。それを見た玖壱の顔が引きつった。
「こうやってお呪いが込められてたりするからな」
「……ほんまにそういうのしてくる人おるんやな」
「やたらと手紙送ってくる奴とか、無駄に依頼しに来る連中とか、まぁ色々いる」とクロは淡々と答えた。
「だから、依頼者から貰ったもんは基本食わねぇようにしてる。こいつもお焚き上げ行きだな」
玖壱は眉間に皺を寄せたまま、自分の紙袋に視線を向けた。同じチョコレートでも、ずいぶんと世界観が違うようだ。
そんな話をしていると、事務所のドアがノックされた。
「……あ、開いてる」
控えめな声と共にドアが開き、琥珀と紫苑が顔をのぞかせた。二人とも手に小さな袋を持っている。
部屋に入った琥珀は玖壱を見て少しほっとした顔をしたが、クロと目が合った瞬間、ぱっと視線を逸らした。
「え〜〜と、いつもお世話になっているので、お二人にチョコレートを〜……」
「チョコレートを持ってきたので、受け取ってもらえると嬉しいです」
琥珀がまだ口をもごもごさせている横で、紫苑がきれいに言い切った。紫苑が玖壱に、琥珀がクロに、それぞれ袋を差し出す。琥珀の手は緊張のせいか、かすかに震えていた。
「二人ともありがとうな〜、めっちゃ嬉しいわ」
玖壱は顔をほころばせながら袋を受け取り、さっそく中を確認している。紫苑のチョコはきれいな星形に整っており、ラッピングも丁寧だ。
「ありがとな」
クロも琥珀から袋を受け取り、中を開けた。少し不揃いな丸い形のチョコが並んでいる。表面にひびが入っているものもあり、どう見ても苦労の跡が滲み出ていた。
特に確認することもなく、一つ取り出すとそのまま口に入れる。
「ちょっと不恰好かもですけど、頑張りました……」
「うん。美味いな」
琥珀の顔がぱっと明るくなった。それから照れくさそうに俯いて、「よかったぁ」と小さく息を吐く。
玖壱は紫苑から貰ったチョコを一口かじりながら、ちらりとクロを見た。
(へぇ〜。琥珀さんのは、なんの確認もせずに食うんやなぁ)
さっきまで、机のチョコを「食えたもんじゃない」と吐き捨てていた人間と同一人物とは思えない。しかし、それを口に出すほど野暮でもない。
玖壱はクロに対して何も言わず、口の中のチョコを飲み込む。
「紫苑さんのも美味しいで」
「よかったです」
♢♢♢♢♢
二月十四日 バレンタイン。
探偵事務所の中に、穏やかな時間が流れていた。
呪いのチョコが机の端に積まれたままの、少しおかしな光景ではあったが。
Wright/__です。
本作品を読んでくださりありがとうございます。
今回はバレンタインのお話です。
最近の小/中/高校生はチョコレートを贈ったりしているのでしょうか?
私は友チョコなら貰ったことあります(小学生の頃)。




