二十二話 公安の最高戦力
公安の怪異対策課は、全国各地に拠点を持つ。各拠点には戦闘員、あるいは戦闘部隊が配置されており、日々怪異による被害を食い止めている。
なかでも公安の本部が置かれるK府には、六つの戦闘部隊が在駐している。
日輪隊 紋章「八咫烏」
月輪隊 紋章「狗神」
時雨隊 紋章「九尾」
雷雪隊 紋章「鬼」
荒天隊 紋章「龍」
快晴隊 紋章「天照大御神」
このうち快晴隊には、上記五つの部隊と他都道府県に在駐している固有の部隊を除いたすべての戦闘員が所属している。全国に配置されている戦闘員は、この快晴隊から選出される。
公安本部、最上階の大会議室。
壁には、八咫烏、狗神、九尾、鬼、龍、天照大御神
―——六部隊それぞれの紋章を象った旗が並んでいる。普段は威風堂々と佇むそれらの下に、今日だけは物々しい空気が立ち込めていた。
先日の古書店の一件を受け、本部在駐の六部隊の隊長と副隊長に緊急招集がかかったのだ。
(各部隊の隊長と副隊長が全員集まるなんて、二、三年に一回あるかないかや)
玖壱は、招集命令が来た時のことを思い出しながら内心そう呟いた。
それだけで、今回の一件がどれほどの緊急事態か窺い知れる。
会議室の中央には長机が置いてあり、それを囲むように十二の椅子が並んでいる。
入口付近の席には、二人の人物が腰を下ろしていた。
無表情に腕を組んで座るのは、月輪隊 隊長、狗賀 雪夜。
身長百四十七センチという小柄な体躯に、雪を連想させる真っ白な髪。その拳から繰り出される一撃は、すべてを薙ぎ払う。
超近接戦闘を得意とする彼女は、公安一の拳闘士と評されている。
その隣に控えるのは、月輪隊 副隊長、鎖骸堂 鏡志郎。
五十歳という年齢を感じさせない佇まいで、静かに目を閉じている。単独での任務が多く、彼の戦闘スタイルを知るものは少ない。
公安内で「無口コンビ」と呼ばれるこの二人は、今日もその評判に違わず、ただ静かに座って会議の開始を待っているようだ。
玖壱が視線をさらに巡らせると、ひときわ大きな影が目に入る。
雷雪隊 隊長、百鬼 燈火 桃。
雷雪隊は隊員全員が女性という異色の部隊だが、その中でも桃の存在感は群を抜いている。
二メートルを超える長身に、薄紅色の肌。鬼と人間の混血である彼女は、その見た目通りに規格外な膂力を誇る。公安内で破壊力を競えば、間違いなく一番だろう。だが、当の本人は厳めしい鎧姿とは裏腹に、ドーナツを美味しそうにほおばっていた。
「隊長、またドーナツかよ」
呆れたように桃に話しかけたのは、雷雪隊 副隊長、西門 白虎。
西門家の現当主であり、代々四神「白虎」に仕える家系の彼女は、拳闘士として腕を鳴らしている。荒々しくまとめた金髪と、男勝りな物言いが印象的な女性だ。
「糖分は大事だ。お前も食え」
と、桃は、紙袋から取り出したドーナツを白虎に渡す。
「おい、もうすぐ会議が始まんだぞ」
白虎は肩をすくめながらそう言うと、貰ったドーナツを食べ始める。
(いや、食べるんかい!!)
思わず、心の中で突っ込みを入れる玖壱。
そこへ、バァン!と大きな音を立てて扉が開かれる。
「なんやぁ、朝から会議たぁせわしないのぉ」
現れたのは、日輪隊 隊長、飯綱 鴉十郎。
黒羽のような濃い装束をまとい、歩くたびに手に持つ錫杖がシャラン、シャランと音を立てる。鴉面で目元を隠したその顔からは表情が窺えない。
烏天狗の血を引いており、空中戦において彼に敵う者はいないが、その豪快な性格さゆえに部下を振り回すことも少なくない。
「おう、まだ揃っとらんのかいや。急いで損したわ」
鴉十郎はそう言いながら、堂々とした足取りで席に着く。
その直後、彼の視線が一点に留まった。視線の先には時雨隊 隊長、山神 仙狐の姿。
「……おい、仙狐。お前もおったんかい」
「そらおるやろ。ウチかて隊長やねんし」
仙狐が、面倒くさそうに答える。
「相変わらず白けた面しとんのぉ」
「そちらさんは、いっつも気楽そうでほんまに羨ましいこっちゃ」
二人の間に火花が散る。長い付き合いの末に培われた仲の悪さだった。
こういったやり取りはいつものことだが、今日は重要な会議前だ。このまま喧嘩が続いてどちらかに出ていかれたりでもしたら困る。
さすがに止めなければ、と玖壱が思った時。
「はい。お二方とも、そこまでにしてくださいね」
割って入ったのは、日輪隊 副隊長、南條 朱雀だった。
南條家の現当主であり、代々四神「朱雀」に仕える家系に生まれた彼女は、見目麗しい才女として知られている。巫女装束を思わせる隊服に、後ろで束ねたポニーテールがよく似合っていた。
彼女は符術士でもあるため、玖壱とはそれなりに面識がある。
「なんだ、ちょっとしたじゃれ合いじゃねえかよ」
「他の部隊の方々もいらっしゃいますので、お静かにお願いします」
そう言うが、二人の煽り合いは止まらない。
朱雀が小さなため息をついて顔を上げた際に、玖壱と目が合った。
「玖壱さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、朱雀さん。すんません、うちの隊長が……」
「お互い様ですよ。そちらも苦労されているみたいで……」
互いに困り顔で挨拶を交わす。
符術士同士、さらには自由奔放で勝手気ままな上司に仕えている者同士。
二人の間には、言葉にせずとも通じ合うものがあるようだ。
そんなこともつゆ知らず、当人たちはいまだに小競り合いを続けている。
「──元気なのは良いことじゃが、そろそろやめとくのが吉じゃな」
「うおっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは鴉十郎だった。慌てて振り返った先、一番奥の席に、いつの間にか一人の老人が腰掛けている。
荒天隊 隊長、東雲 青龍。
東雲家の現当主、代々四神「青龍」に仕える家系に生まれた彼は、退魔士としてその名を馳せており、齢七十一にして人類最強と謳われる実力者だ。好々爺然としたその佇まいからは、およそそんな肩書きを想像できない。
「……自分、いつからそこにおったんや」
仙狐が、狐面越しに胡乱げな視線を向ける。
「ついさっき、じゃよ」
青龍は、惚けたようにそう答えるだけだった。他の隊長格に足音どころか気配すら感じさせない、その底知れなさこそが最強と謳われる所以なのかもしれない。
鴉十郎も毒気を抜かれたのか、それ以上仙狐に絡むことはなかった。ばつが悪そうに頭を掻きながら、大人しく席に着く。
それと同時に、会議室の扉が再び開かれる。
「急に消えたかと思えば、すでにこちらにお出ででしたか」
そう言って部屋に入ってきた人物は、荒天隊 副隊長、篝 烈。
短く整えた黒髪と、隙のない所作が印象的な男だ。性格が真逆な、あの篝 迅の兄だと聞けば驚く者も多いが、兄弟仲はいたって普通らしい。
「はっはっは、すまんすまん。烈が忙しそうじゃったから、先に向かっとこうと思うてな」
「何度も申し上げていますが、気配を消して移動されると困るのですよ」
烈が、呆れたように眉根を寄せながら、青龍の隣に腰を下ろす。実力においては公安随一と目される青龍だが、そのちょっとした悪戯心は、生真面目な副隊長にとって悩みの種のようだった。
そして、会議の開始時間を迎えようとしたとき、二人の男女が扉から顔を出した。
「すみません、遅れました……各地区からの報告がなかなか終わらなくて」
疲れの滲んだ声で言ったのは、快晴隊 隊長、北杜 玄武。
北杜家現当主であり、代々四神「玄武」に仕える家系の彼は、整った顔立ちと爽やかな物腰で部下から慕われている。だが、その実態は公安一の苦労人だ。全国に散らばる戦闘員の管理と責任は、彼の双肩にかかっていると言っても過言ではない。
「玄武君、無理はしすぎないようにね」
労いの声をかけているのは、快晴隊 副隊長、日境 眞衣香。
日境家現当主である彼女は、結界士としての実力もさることながら、その美貌でも知られている。巫女装束に身を包んだ姿は、どこか憂いを含んだ雰囲気を纏っていた。何でも、日境家は分家筋にあたる夜境家との間で大きな確執を抱えているらしい。
「眞衣香さんにそう言ってもらえると、苦労が報われますよ」
玄武は疲れた笑みを浮かべながら、席に着いた。
こうして、六部隊十二名すべてが、会議室に顔を揃えた。
普段は各地に散らばり、顔を合わせることすら少ない面々が、こうして一堂に会する。その光景は、これから始まる議論の重さを雄弁に物語っていた。
♢♢♢♢♢
「──それでは、始めさせていただきます」
玄武による開始の声で、会議室の空気が一段と引き締まる。
「今回集まっていただいたのは、他でもありません。数日前に発生した、古書店における一件についてです」
そう言うと、玄武は玖壱へと視線を移した。
「文書で簡単な共有は受けましたが……、玖壱さん、改めて報告をお願いします」
(まぁ、うちが報告せなあかんよな……)
玖壱は内心ぼやきながら、居住まいを正した。会議室にいる十一対の視線が、一斉に自分へ向けられる。それだけで、背中にじんわりと汗が滲む。
「はい。それでは、報告させていただきます」
一つ息を吐き、玖壱は事件の顛末を語り始めた。
「事の発端は昨年の九月、とある少女が一級怪異『隠し神』の宿った本を入手したことから始まります。先日、件の本を取り扱っていた古書店を偶然にも少女自身が発見し、知らせを受けた時雨隊が現場へ向かいました」
淡々とした口調で、玖壱は事件の概要を語っていく。
店の外観、老人の応対、そして本を巡るやり取り。当日の状況を思い出しながら、報告を続ける。
「店主を名乗る老人に話を聞いたところ、様子がおかしいと判断し、公安本部への同行を求めました。ですが、その直後──老人は姿を消し、代わりに店内の本から低級の怪異が大量に発生。同隊の篝 迅、そして協力者の探偵とともに、これを掃討しました」
最後に、玖壱は例の言葉を思い出し、口にした。
「そして、老人が逃亡する間際の台詞になりますが、──『今回こそ百鬼夜行の儀は成功し、空亡様は完全復活なされる』と」
その一言を発した瞬間、空気が変わった。
(ん?)
玖壱は、その変化にすぐ気づく。
それまで気楽に構えていた鴉十郎の余裕が消え、仙狐が口元を歪める。桃はドーナツを食べる手を止め、青龍も柔らかな微笑みから、わずかに険が滲んだ。鏡志郎は、閉じていた目をゆっくりと開く。
対照的に、若手側の反応は薄い。
雪夜は変わらず無表情、白虎は首を傾げ、朱雀もよくわかっていない顔だ。
先に口を開いたのは、仙狐だった。
「……玖壱、今、"なに"が復活するって?」
「『空亡』……確かに、そう言うてました」
玖壱の返答に、仙狐は小さく舌打ちをする。
「……そうか。また、動き出しよったか」
その様子を見て、玄武が眉根を寄せた。
「山神隊長、それに皆さんも顔色が……その名前に、何か心当たりが?」
問いかけに、答えたのは青龍だった。
「うむ……そろそろ、話さねばならんの」
そう言うと、ゆっくりと全員の顔を見回す。好々爺然としたその瞳の奥に、今までとは違う真剣な色が宿っていた。
「若い衆は知らないのもしょうがない。『空亡』というのはな、百鬼夜行の最後尾に位置する怪異じゃ。人間と怪異、両方の力が合わさって生まれた、最悪にして最凶の存在」
一拍置いて、青龍は続けた。
「百鬼夜行とは、悪行を為す怪異達の大行列。しかし、始まりを司る怪異はいても、終わりを司る怪異はおらんかった。そこで、百鬼夜行を終わらせる怪異を意図的に創ろうとした者たちがいたんじゃ。そうして生まれたのが『空亡』という怪異」
会議室に静寂が訪れる。
「もし本当に完全復活すれば……人の力では、止めることはできん」
人類最強と謳われる青龍の言葉だからこそ、その言葉の重みは違った。
「故に、絶対に復活を阻止せねばならん。これが、公安が正体を隠し通してきたものじゃ」
「隠して……?」
朱雀が、思わずといった様子で声を上げる。
「そのような危険な怪異を、なぜ隠す必要があったのでしょうか」
「──人の好奇心というものは、時に身を滅ぼす。知られることで悪用される危険性もある。公安はこれまでにもいくつもの事件を隠蔽してきた」
問いに答えたのは、鏡志郎だった。低く落ち着いた声が、静かな会議室によく響く。
その言葉に、鴉十郎が真っ先に反応した。
「最近だと『鮫島事件』なんかがそうだな! あの時は情報統制で大変だったなぁ!」
カッカッカと豪快に笑う鴉十郎。だが、その笑いに水を差すように、仙狐が苦い顔で言い放つ。
「笑いごとやあらへん。あんな事件は二度と御免や」
聞き慣れない単語の連続に、白虎が我慢できずといった様子で口を挟む。
「おい、待てよ。『鮫島事件』ってなんだ? オレ、聞いたことねえぞ」
「そのような事件があった、という噂は聞いたことがあります。しかし、公安の事件記録ファイルには記載がなかったはず……」
烈も、厳格な表情を崩さないまま同意を示す。
それまで黙っていた眞衣香が、静かに口を開いた。
「私も、噂程度にしか……そういえば、母がそんな話をしていたような気も…」
若手たちの反応を見て、青龍が小さく頷いた。
「無理もない。あれは、今から二十年ほど前に起きた事件じゃ」
続けて、青龍は淡々と説明する。
「詳細は省くが……あの時も、公安は情報統制を行い、事件そのものを闇に葬った。当時の各部隊隊長と、事件に関わったごく一部の者しか知らんことじゃ。今この場におる中じゃと、実際に対応にあたったのは、儂、鴉十郎殿、仙狐殿、桃殿、鏡志郎君の五人だけじゃな」
当然、玖壱にとっても初耳のことだった。
「雪夜君と、玄武君は──」
青龍が視線を向けると、玄武が小さく頷く。
「口伝で、概要を知っている程度です。事件当時はまだ、公安にすら所属していませんでしたので」
雪夜も頷きで答える。
会議室に、しばしの静寂が流れる。
今出た情報を、それぞれが噛み締めている、あるいは思い出しているようだった。
青龍は柔らかく笑ってから、居並ぶ面々をゆっくりと見渡した。
「『鮫島事件』の詳細については、いずれ皆に話す必要があるじゃろう。じゃが、それは今日のところではない」
その言葉に、桃が会議を始めてから初めて口を開いた(ドーナツを食べ終えたからでもある)。
「今、優先すべきは『空亡』だ。あれは厄災そのもの……下手すればこの国が終わる」
普段の甘党な様子とは違う、隊長としての顔がそこにはあった。
「同感やな」
仙狐もその言葉に同意する。
「まずは、目先の脅威に集中するべきや。過去の話は、それが片付いてからでもええ」
その言葉に、玄武が居住まいを正した。
「わかりました。それでは、まず『空亡』の復活を目論む勢力……そして、百鬼夜行の儀について、共有できる情報をまとめたいと思います」
まだわからないこと、知らないことは多い。だが、少なくとも一つだけはっきりしている。
──『空亡』を、絶対に復活させてはならない。
十二人は、決意を新たに会議室を後にした。
♢♢♢♢♢
(まさか、こんな大きな事件になるとはなぁ……)
会議室を後にしながら、玖壱は小さく息を吐いた。
知らなかった過去、隠されてきた真実。まだ全貌は見えないが、これから起こることは、これまでとは比べ物にならない規模になるだろう。
(クロに紫苑さん……巻き込んでしもうたな)
一瞬、友人たちの顔が脳裏をよぎる。だが、悔やんでいる暇はない。
玖壱は軽く頬を叩き、気持ちを切り替えた。
会議室を出る足取りは、来た時よりも幾分か重い。だが、その目には、確かな覚悟が宿っていた。
お久しぶりです。Wright/__です。
一ヶ月ぶりの投稿…、八月はもう少し頑張りたい…
活動報告で今回登場したキャラの簡単な紹介書いてたりします。




