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#18 呪いのビデオ

 依頼人が来たのは、昼を少し過ぎた頃だった。


 路地裏の事務所を訪ねてくる人間は少ない。クロが宣伝らしい宣伝をしていないせいでもあるが、それ以上にこの場所自体に近づきにくい雰囲気があった。薄暗い路地、()びた看板、おまけにすぐ側の隣町はとある事件でゴーストタウンと化している。


 そんな事務所のドアを、遠慮がちにノックしたのは、四十代とおぼしき中年の男性だった。



「あの、こちらが怪異探偵さん……ですか」


「ああ、そうだ」



 短く答えると、男はほっとしたような、それでいてまだ迷っているような顔をした。クロは椅子を引いて座るよう(うなが)し、机を挟んで向き合った。


 男は個人経営のレンタルビデオ店を(いとな)んでいるという。



「最近、店でちょっと困ったことがありまして」



 男は少しもじもじしてから、ぽつぽつと話し始めた。


 話の要旨(ようし)はこうだ。数週間前から、店に「呪いのビデオがある」という噂が立ち始めた。誰が言い出したかはわからないが、気づけば近所ではそういうことになっていて、客足が遠のいてしまった。自分で確かめようとも思ったが、万が一本当にそんなものがあったら、と思うと怖くて手が出せない。



「レンタルビデオ、ですからね」と男は苦笑まじりに言った。



「いろんなお客さんに来てもらえるように、心霊映像集なんかも置いてるんですよ。そのあたりのビデオが原因じゃないかとは思うんですが……」


「心霊映像に呪いの映像が混じることは、確かにある」


「そ、そうなんですか」



 男の顔が青ざめる。クロは淡々と続けた。怪異(かいい)とビデオテープの相性は悪くない。怨念(おんねん)や呪いが何かしらの媒体に焼きつき害をなすことは、決して珍しい話ではないのだ。ただし、それが本当に起こるケースは稀で、大半は思い込みや、あるいは単なる偶然の重なりだ。



「ビデオを借りた客から、体調不良の報告とかはあったのか? 悪夢を繰り返し見るとか、耳鳴りが止まらないとか」


「それが……特にはないんです」と、男は首を振った。



「具体的に何かあったわけじゃなくて、噂だけが独り歩きしているみたいな…」



(噂、か)


 よくある話だ。怪異がほんとうに絡んでいる場合、もう少し具体的な(うった)えや被害が出るのが普通だ。



「それで、問題のビデオは?」


「はい、心霊映像集のシリーズを棚にあった分、全部持ってきました」



 男がバッグから取り出したのは五本のビデオテープだった。クロはそれらを受け取り、ケースを一本ずつ確認した。プラスチックの感触、ラベルの印刷、どれも普通の量販品に見える。



「預かろう。確認して結果を連絡する」


「あ、はい。よろしくお願いします」



 それから依頼料の話をして、男は事務所を後にした。ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。


 クロはテープを並べて、腕を組んだ。



「ビデオ、ねぇ……。最近はサブスクに押されて絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)かと思ってたが、怪異もアナログな媒体がお好みらしい」



 独り言を落として、事務所の隅に置きっぱなしのデッキを引っ張り出した。かなり前の依頼で使ったきり、埃をかぶっていたものだ。


 一本目を差し込み、再生ボタンを押す。



 薄暗い廃墟に人影が映り込んでいる、といったありがちな映像が続いた。ナレーションがやけに仰々(ぎょうぎょう)しく、演出のわざとらしさが逆に鼻につく。怪異の気配というのは理屈では説明しにくいが、それでも確かに感じ取れるものだ。媒体を(かい)したとしても、それは変わらない。慣れた者には感覚としてわかる。


(これはただのエンタメ動画だな)


 二本目、三本目も同様だった。画質の悪さを利用した「何かが映っている」風の演出が続くが、クロの感覚には何も引っかからない。


 だが、四本目を再生した途端、クロの眉がわずかに動いた。


 映像そのものに大きな変化はない。相変わらず暗い場所を映したものだ。だが空気が、ほんの少しだけ変わった気がした。クロはしばらく画面を見つめてから、静かにテープを止めた。


(……撮影場所自体に何かあったか)


 映像を通して何かが伝わってくるには、それなりの強度がいる。これ一本で客に実害が出るかと言えば、まずない。よほど霊的に弱い人間が、疲弊(ひへい)した状態で一人で繰り返し見続けたなら話は変わるかもしれないが、普通に店でレンタルされる分には問題ないと判断した。


 五本目は何もなかった。


 クロは四本目のテープだけを棚の端に立てかけ、残りをケースにまとめた。四本目のテープは処分するほどのものでもないが、店に戻して問題が起きても困る。事情を話して引き取った方が無難(ぶなん)だ。


 さっそく男に連絡を入れると、電話口の向こうで安堵(あんど)の息が漏れた。



「呪いのビデオはなかった。一本だけ引っかかるものがあったから、それは俺が預かる」


「そうですか……よかった」



 しばらく間があって、男がぽつりと続けた。



「でも噂のせいで来なくなった客が戻ってくるかどうか……」


「それは自分でどうにかしてくれ」


「ですよね。すみません、愚痴(ぐち)みたいになってしまって」



 経営アドバイスは業務範疇外だ。

 電話を切ると、事務所に静けさが戻った。


♢♢♢♢♢


 後日、男からハガキが届いた。噂を聞きつけた心霊マニアが店に来るようになったおかげで、売上が持ち直してきたという。また、SNS上で例の噂が話題になったことで、今どきレンタルビデオ店は珍しいと、多くの人に自分の店を知ってもらうきっかけになったとのことだ。最後に「ご報告まで」と一行()えられていた。


 噂が人を遠ざけ、同じ噂が別の人を引き寄せた。縁というのは面白いものだ。


 クロは届いたハガキを机の端に置いて、作業に戻るのだった。

Wright/__です。

本作品を読んでいただき、ありがとうございます。


最近はトモダチコレクションでクロ達を作って遊んでます。

オリキャラの生活を観察できるのも、トモコレの魅力の一つですね。

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