#17 初詣
「ほな行こか」
世界が新年を迎えた数時間後、クロは玖壱に連れ出されていた。
約束通り、ということだ。昨夜のメッセージのやり取りを思い返しながら、クロはアウターを引っ掴んで事務所を出た。
迎えに来た玖壱はいつものお面は着けておらず、黒いコートを羽織っている。その隣に並んで歩き出すと、元日の朝の空気が刺すように冷たかった。吐く息が白く流れ、参道へ続く道には同じように初詣へ向かう人の流れが続いている。家族連れ、カップル、友人同士。晴れ着姿の人間もちらほら見えた。
「初詣なんていつぶりだろうな」
「えぇ…。神様とは仲良うしといた方がええよ?」
「んなもん、学校では習わなかったな」
「信仰心の問題や」
玖壱はそう言って笑った。
参拝客の列は鳥居の外まで伸びており、クロは思わず眉を寄せた。
「……これに並ぶのか」
「初詣やからな。毎年こんな感じやで」
覚悟を決めて列に加わる。玖壱はのんびりした足取りで隣に並んだ。
参道に入ると、両脇に並ぶ屋台から美味しそうな匂いが漂ってくる。焼き鳥の煙、砂糖を焦がしたような匂い、熱い汁物の湯気。人の熱気と冬の冷気が混じって、独特の空気が漂っていた。
列はゆっくりと進む。参拝客の話し声や子どもの笑い声が周囲に満ちており、普段は路地裏で過ごしているクロには慣れない場所のため、窮屈に感じられた。
「クロ、去年はどんな年やった?」
「……特に何もなかったな」
「ほんまに? 色々あったやろ」
「ぱっとしない一年だったよ」
玖壱はふうん、と言って前を向いた。それ以上は聞いてこない。このあたりの間合いは、付き合いが長くなるにつれて玖壱も掴んできたのだろう。
♢♢♢♢♢
参拝を終えて拝殿の前から離れると、玖壱が「おみくじ引かへん?」と言い出した。
クロが特に異論を唱えないでいると、おみくじの台へ向かう途中で見知った顔が目にはいる。
人の流れの中、少し離れたところにいたのは琥珀と紫苑だ。二人ともおみくじを引こうとしているところだった。
「おっ、奇遇やな」
玖壱が先に声をかけた。
琥珀が顔を上げて、ぱっと表情を明るくする。
「玖壱さん! クロさんも!」
「お久しぶりです」
紫苑も頭を下げた。
「二人で来たんか?」
「はい!紫苑と来るのは毎年の恒例なので」
「こはくと来るのが一番落ち着くから」
紫苑がさらりと言う。琥珀は「もう、急にそういうこと言わないでよ」と照れて顔をそらした。
クロはそんなことお構いなしに会話を続ける。
「参拝はもう済んだのか」
「はい、さっき。クロさんたちは?」
「終わったところだ」
「じゃあ一緒におみくじ引きましょう!」
琥珀が弾んだ声で言った。断る理由もなく、四人でおみくじの台を囲む。
「大吉! やった!」
「小吉、ちょっと微妙だなぁ」
琥珀が紙を広げて声を上げた。紫苑は少しがっかりしたような素振りを見せる。
「中吉や。まあまあやな」
玖壱が満足げに頷いてから、隣のクロのおみくじをちらりと覗いた。
「おっ、クロ大吉やん」
「勝手に見るな」
「ええやないか、素直に喜びや」
「別に喜んでない」
「顔に出とるで」
「出てない」
琥珀と紫苑が顔を見合わせて、こっそり笑った。クロはおみくじを折りたたんで懐に収め、二人から視線をそらした。
♢♢♢♢♢
参道を抜ける頃には、空はすっかり明るくなっていた。正月の街は賑やかで、いつも以上に活気があった。
「甘酒でも飲んで行かへん? 冷えたやろ」
玖壱がお店の前で立ち止まる。琥珀が「飲みます!」と即答した。
四人でお店に並んで、温かい甘酒を受け取る。クロは一口飲んで、ほんのり甘い熱が喉を伝うのを感じた。昨夜のそばとは違う温かさが、じんわりと体の芯に届く。
「美味しい……! 体が温まりますね」
「ほんまやな。たまには甘酒もええな」
そのまましばらく、四人は他愛のない話をした。琥珀は玖壱に今年の抱負を話し、紫苑はそれを聞きながら時折相槌をうちつつ甘酒を飲んでいた。クロも特に話に加わらなかったが、耳は傾けていた。
去年の年明けは一人で事務所にいた。何をしていたかなんて、微塵も記憶に残っていない。
だが、今年は違う。
それがどういうことなのか、うまく言葉にはできないが、悪い気はしなかった。
甘酒を飲み終えた四人はお店を離れ、しばらく進むと分岐点に差し掛かった。
「私たちはここで」
紫苑が言った。二人の帰り道は別方向だ。
「今年もよろしくお願いします、クロさん、玖壱さん」
「こちらこそ、よろしくな。また元気な顔見せてや」
玖壱が笑って手を振った。クロは軽く頷く。
「気をつけて帰れ」
「はい! 良い一年になるといいですね」
琥珀が笑った。紫苑も丁寧に頭を下げる。
「お互い良い一年にしていこうや」
互いに挨拶を交わし、二人組に分かれてそれぞれの帰路についた。
♢♢♢♢♢
朝来た道を二人で戻るクロと玖壱。どの場所もどこか浮き立った空気が漂っていた。
「ええ初詣やったな」
「そうだな」
「来年も行こか」
「お前が誘ってくればな」
素直に答えたクロに玖壱は少し不意をつかれた顔をして、それから笑った。
「ほな、来年も誘うわ」
「ああ」
来年の約束を決めた二人は、それ以上は何も言葉にせず、ただ歩調を合わせて進んでいく。
そこには探偵と公安ではなく、二人の友人の姿があった。
Wright/__です。
本作品を読んでいただき、ありがとうございます。
クロ玖壱琥珀紫苑の4人はそれなりに遊びに行ってる(主に琥珀がクロの事務所に入り浸っている)し、なんなら4人のグループチャットがあったりします。
仲良しですね。




