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#16 年越し

大晦日を前にクロは疲れていた。

というのも、大掃除という名の呪物処理に追われていたからだ。

探偵という仕事柄、依頼で呪物を預かることもあるのだが、放置したツケが年越し前に来たというわけだ

………

……

十二月三十一日 大晦日(おおみそか)


 クロは事務所のソファに寝転がり、天井を眺めていた。


 大晦日だからといって、特別なことは何もない。


 外はしんと静かで、普段なら路地裏まで届くような街の喧騒(けんそう)も、今夜はどこか遠い。年の瀬になると人の気配が変わる。慌ただしさが一段落して、それぞれが家の中に収まっていくような、そういう静けさだ。


 テレビをつけると、賑やかな年越し番組が流れ始めた。芸人が何か叫んでいる。クロはそれを音だけ耳に入れながら、特に見るでもなく目を閉じた。


 依頼は今日も来なかった。


 年末だから当然といえば当然だ。怪異(かいい)(こよみ)など関係なく動くように思えるが、年末年始の雰囲気だけは苦手らしい。この時期の静けさにはもう慣れた。


 携帯を手に取ると、玖壱(くいち)からメッセージが来ていた。


『今年もお疲れ様。年明けたら初詣行こ』


 短い文面を眺めて、クロは返信を打った。


『ああ』


 送信してから、我ながら素っ気ないとは思ったが、特に打ち直す気にもならなかった。すぐに既読がついて、スタンプが返ってくる。キツネのキャラクターがぴょんぴょん跳ねているやつだ。


(相変わらず、こういうの好きだな)


 携帯を置いて、クロは体を起こした。


♢♢♢♢♢


 年越しそばくらいは食べようと、昼のうちに買っておいた乾麺を茹でた。具はかまぼこと、刻んだ長ねぎだけだ。


 テレビでは紅白が佳境(かきょう)に差し掛かっているらしく、大きな歓声が上がっていた。クロはそれを横目に、そばを(すす)った。温かい出汁(だし)が喉を伝う。外の冷気が窓の隙間からわずかに入り込んでいて、温かいものが余計に染みた。


 食べながら、ぼんやりと今年を振りかえる。


 依頼の数はそれなりにあった。厄介なものもあれば、蓋を開ければ怪異とは無関係だったものもある。玖壱(くいち)と組んで動くようになったのはいつからだろうか。それから、琥珀(こはく)紫苑(しおん)との出会いもあった。


(来年は、どうなるかな)


 そんなことを考えながら、そばを食べ終えた。


♢♢♢♢♢


 年が変わったと同時に、クロは窓を開けた。


 路地裏の夜気が一気に流れ込んでくる。冷たい空気は澄んでいて、どこか遠くから除夜の鐘の音が届いていた。低く、一定の間隔で、煩悩(ぼんのう)(はら)わんと鳴り続けている。


 クロは窓枠に肘をついて、暗い路地を見下ろした。


 誰もいない。いつもと変わらない路地裏で、ただ鐘の音だけが流れていく。年越しの瞬間というのは、もっと何か特別な感じがするものだと昔は思っていたが、実際にはただ時間が続いていくだけで、零時を(さかい)に世界が変わるわけではない。


(…一年か)


 感慨(かんがい)とも呼べないような、薄い感覚だった。ただ、去年の年明けのことを思い出そうとしたらほとんど何も出てこなかった。たぶん、こうして一人で事務所にいたのだろう。それが今年も変わらないといえば変わらないが、明日は玖壱(くいち)と初詣に行く約束がある。


 小さく息をつき、窓を閉めた。


 テレビが新年の挨拶を繰り返している。それを見て、自分も新年の挨拶を送ろうと携帯を手に取った。


 去年よりは増えた友人リストの数を見ると、今年も良い年になりそうな気がした。

お久しぶりです。Wright/__です。

本作品を読んでいただき、ありがとうございます。


こちらの世界はゴールデンウィークですが、彼らの世界では年末年始になります。

次は初詣に行くお話、今日か明日の夜投稿予定です。

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