やっと言えた……
三日後、ようやく熱が下がってきたころ、新たな見舞い客が訪れた。
遠慮がちに扉がノックされたので、アーサーはベッドの上で答えた。
「どうぞ」
扉を開くと、蜂蜜を溶かしたような金髪の少女――エステルが姿を見せた。その手に、花束を抱えている。アーサーと目があったエステルの表情が喜び一色になった。
「アーサー様。目が覚めたのですね。よかった」
「エステル!」
驚いて起き上がろうとしたアーサーは、しかし、傷の痛みに顔をしかめた。
「アーサー様、まだ動かれてはいけません。ここ数日熱を出されて寝込んでいたと聞きましたよ」
「エステル、今までいったい……」
「いろいろ手続きがあって、なかなかお見舞いに来れなくて申し訳ありませんでした。でもずっとファビエンヌ様がお手紙でアーサー様のことを知らせてくれていたんですよ」
エステルは花束をサイドテーブルに置くと、アーサーの手を握った。
「アーサー様、ありがとうございます。おかげでこうしてまたアーサー様に会いに来ることができるようになりました」
「じゃあ、王太子殿下との婚約は……」
「取り消されることになりました」
そう言って、エステルは事情を語り始めた。
アーサーが救護室で傷の手当てを受けていたとき、王侯専用の控室でバルサット王は怪訝な顔になった。
「これはどういうことだ。ギディオン王」
口ごもる父に代わって、ヴォルフが説明する。
「彼は元々、エステルの婚約者だったんです。恐らく彼女がわたしとの婚約を望んでいないことを察して、試合への参加を希望したのでしょう」
バルサット王が神妙な顔つきになる。
「……なるほど。そういうことだったのか」
ギディオン王が言った。
「しかし、この婚約は国同士の取り決め。いかに剣闘の優勝者の願いでも、こればかりは聞くわけには……」
バルサット王は首を振った。
「ギディオン王よ。此度の縁談は見送ることにしよう。こうまでして好いた者を守ろうとした騎士の願いを無下にはできまい。試合を見ていた民が納得せぬよ」
国王は苦悩の末にため息をついた。
「……ヴォルフ、お前はそれでいいのか?」
ヴォルフは肩を竦めた。
「しかたないではありませんか。彼には負けましたよ。それにエステルとわたしは元々単なる幼馴染ですから」
けろりとした顔でヴォルフは言ったが、その顔にはどこか残念そうな名残が含まれていた。
「……そうだったんですか」
神妙な顔をするアーサーに、エステルはにこりと笑ってそら恐ろしいことを言った。
「これでわたくしたちの婚約も正式に整いましたし、あとはアーサー様の回復を待って式の日取りを決めるだけですわね」
「…………は?」
アーサーはぽかんとなった。いったいいつ、そんな話になったのだろうか。理解が追いつかない。
「陛下とバルサット王の取り計らいです。ちなみに父も了承済みです。こうなってしまっては、他に求婚者は現れないだろうからと」
「え、ちょっと待ってください。ぼくが願ったのは、あなたの自由であって、婚約では……」
「ですから、アーサー様の望み通り、自由にさせてもらっています」
エステルは寝台に腰かけると、いたずらっ子のようにアーサーと視線を合わせた。
「わたくしの幸せは、アーサー様と共にあることです。……お嫌ですか?」
今にも吐息がかかりそうな距離で言われ、アーサーはどぎまぎした。
「べ、別に嫌というわけでは……」
「ふふ。よかった」
エステルは、そっと身体を寄せると、アーサーに抱きついた。
「わっ!」
アーサーが少女のような悲鳴をあげると、エステルがくすっと人の悪い笑みを浮かべた。その相手をいたぶるような笑みに、一抹の不安を覚えつつも、アーサーは柔らかい身体を押しのけ、ベッドの上で半身を起こした。そして、エステルの片手を取った。
「エステル、ぼくは……たぶん、あなたのことが好きです」
「たぶん、とは何ですか⁉ たぶんとは……っ!」
言葉の続きは聞けなかった。アーサーがその可憐な唇を塞いだからだ。エステルの身体が驚きに離れかけたのを強引に抱き寄せると、そのまま大人しくなった。そっと唇を離すと、エステルは瞳が潤み、頬は赤らんでいた。彼女は拗ねた口調でこう言った。
「……わたくし、初めてですのに。少しは心の準備をする時間が欲しかったです」
アーサーはぷっと笑った。
「ぼくも初めてですよ」
「それなら許します」
アーサーはエステルの華奢な身体を抱き締め、しばらくキスの余韻に浸っていた。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。
本編は一応これで最後ですが、時間があるときに続編を書ければと思っています。
今後もよろしくお願いします。




