戦いの後に……
「あんた、馬鹿なの?」
死の淵から生還したアーサーを待っていたのは、久しぶりに聞く姉のファビエンヌの罵声だった。
「どうしてひと言、家に戻りたいって言わないの? そこまで言うなら考えないでもなかったのに!」
アーサーは眉を顰めた。ぐるりと回りを見やると、なぜかそこは住み慣れた侯爵邸の部屋だった。
「あげく、命知らずにも剣闘になんて出てどこまで間抜けなの?」
「姉上、これは、いったい……。どうしてぼくが侯爵家にいるんですか? マシューは?」
ファビエンヌはふんと鼻を鳴らした。
「マシューなら逃げたわ。自分には侯爵家の責務は耐えられないからと。泣いてすがりつくから、ある程度の間、困らない金銭を渡して、二度とうちの敷居を跨がせないことを条件に、元いた街に帰したわ」
ファビエンヌは、腰に手を当てて言った。
「だから、ジーニアス侯爵家の跡取りは、またあんたになったってわけ。まあ、最初から、次期当主はあんたのままだったんだけどね」
アーサーは納得した。これは最初からファビエンヌの作戦だったのだ。アーサーがいないうちに、円満にマシューを邸から追い出して、二度と侯爵家の縁者だと名乗らせないようにするのがファビエンヌの目的だったのだ。
「そういうことで、わかったわね? アーサー。今日からあんたの家は、またここよ」
アーサーはうろたえた。
「ちょっと待ってください。ぼくは騎士団で働いていて……」
「まったく、本当にどこまで馬鹿なの? 王太子殿下の縁談に横やりを入れるような真似をしておいて、いつまでも騎士団に居られるわけないでしょう? とっくに首になったわ」
痛いところをつかれ、アーサーは黙った。
とにかく傷もまだ癒えていないし、今のところはここで大人しくするしかないようだ。
立ち去りかけた姉にエステルのことを聞いたが知らないと言われた。
アーサーが目覚めてから三日後、見舞客がジーニアス侯爵邸を訪れた。ルーペルとモルガンだった。
「やったな、アーサー! お前がザクセン公を倒すところ俺も見たかったよ」
モルガンがにかりと笑った。ルーペルも頷いた。
「優勝おめでとう。よく頑張ったな、アーサー」
まだ傷が完全に塞がっていなかったアーサーは、寝台の上に枕を敷き詰めて半身を起こす形で対面した。
「ありがとう。二人のおかげだ」
「……にしても侯爵家ってやっぱりすげえな」
モルガンがアーサーの部屋を物珍しげに眺めている。アーサーは恐る恐る訊いた。
「……それよりモルガン、ぼくが騎士団を辞めさせられたって話、本当なのか?」
モルガンが言いよどむ。
「いや、うん、まあ、しゃーないだろう。騎士団長の判断だ。国王陛下への忖度ってやつだろうな」
「……そうか」
覚悟はしていたものの、アーサーなりに騎士団での生活を頑張っていたので、落ち込んでしまう。
「でも、また侯爵家の後継ぎに戻れたんだから、贅沢言うなよ」
居丈高でかしましい姉たちのことを思い出すと顔が引きつりそうになる。侯爵家に戻ることが自分にとって最良の選択か悩ましところだった。ここ数日、姉たちは怪我をしたアーサーを労わってか、異様に優しいので、余計に恐怖を覚えていた。
「それより、アーサー、聞けよ。ルーペルの奴、笑えるんだぜ。毎日、愛しの婚約者殿に追いかけまわされてるんだぞ」
「婚約者じゃない!」
ルーペルが顔を真っ赤にして否定した。
アーサーは剣闘で知り合ったジュディのことを思い出して笑った。
「なんだかんだ言って仲がいいんだな」
「そんなんじゃない!」
と言いつつもここまで動揺するルーペルを見たのは初めてだった。
「あんまり邪険にするなよ。故国から追いかけてきてくれるなんて、彼女、健気じゃん」
「向こうが一方的にやってることだ!」
モルガンにひとしきりからかわれたルーペルは、最後までジュディに対して何らかの感情があることを認めようとしなかったが、アーサーが見る限り、全く脈がないというわけではなさそうだった。
アーサーの身体の負担にならないようにと、二人は短時間で引き上げていった。その翌日、またも見舞客が現れた。なんと騎士団長のザックスだった。
「アーサー君、心配したよ。だが、元気そうで何よりだ」
団長自らわざわざ見舞いに来てくれたのに、その顔を見た瞬間、アーサーは、落胆した。待ち人ではなかったからだ。
「騎士団長、わざわざご訪問いただきありがとうございます」
ザックスは、眉を下げた。
「君を守れなくてすまなかった」
「え?」
「君が騎士団にいられなくしてしまった。君に落ち度はなかったのに申し訳なかった」
「いいえ、当然の結果です。騎士団長が気に病まれることではありません」
「……だが、君を騎士団に置いておくわけにはいかないと思ったのは別の理由もある」
「それは、どういう意味ですか?」
「――君は、本気を出したザクセン公を打ち負かした。それは、素晴らしいことだ。しかし、守るべきものがないと本気を出せないということは、騎士としては致命的だと思った。我々騎士団の任務は苛酷だ。常に全力投球することが求められるのに、たった一人の女性のためにしか力を出せない者は騎士団員失格だ。……これも君の落ち度と言えば落ち度だな」
アーサーは俯いた。
自分では意識していなかったが、たしかに今回はエステルを守るためだと思ったから、全力で戦った。騎士団にいたとき以上に力を発揮できた。本当なら常にそうあらねばならないのに。
「……申し訳ありません」
ザックスは声を立てて笑った。
「謝らなくていい。今はゆっくり休んで、回復したら、君の勝利を祝って祝杯をあげよう」
そう言ってザックスは帰って行った。
夕方、アーサーは熱を出して寝込んでしまった。傷口からの発熱だった。すぐに医者が呼ばれ、薬が処方された。父アドルフや家出から戻ってきた母メリッサが次々に見舞いに訪れたが、会話できる状態ではなかった。朦朧とした意識の中でぼんやりとエステルのことを考えていた。帰り際、ザックスにも聞いたが、彼も今、エステルがどうなっているのか知らなかった。
――会いたい。
切実にそう思った。




