剣闘2
お昼になると、休憩の時間に入った。
午後の試合は一時間後だ。
王侯用に用意された部屋でみなで食事を摂りながら、バルサット王が興奮しながら言った。
「いやはや、ギディオンの騎士というものは強いものだな。だが、その中でもとくに白銀の鎧を着た戦士と青い髪の若い騎士が頭ひとつぶん飛びぬけている」
ヴォルフが口を開いた。
「その騎士はわたしの護衛の騎士なんですよ、バルサット王」
「ほう、貴君は部下に恵まれているようで、何よりですな」
「ええ」
「それよりバルサット王。プリシラ姫の縁談がまとまったとか。おめでとうございます」
国王はわざと話題を変えた。その騎士がエステルと婚約していたアーサーだと知っているのだと思った。
「おお、すでに耳に入っておったか。娘にはいろいろ良縁が舞い込んでおったが、娘のほうも相手の王子を気に入ってしまってな」
ヴォルフが驚いた声を上げた。
「婚約の前に、会われたのですか? プリシラ姫とお相手の王子は」
エステルも驚いた。王族の結婚ともなると、結婚が決まってから式の日に初めて顔を合わせるのも珍しくないからだ。
バルサット王が頷いた。
「申し込まれていた縁談が遅々として進まぬので、外交使節の一人として、我が国に参ってくれたのだ。そしてあっという間に姫と仲睦まじくなってしまってな。好いた相手ならばと、余も認めぬわけにはいかなくなったのだよ」
軽くお酒を飲んでいるせいか、バルサット王は饒舌に語った。
「残念ながら剣を持つよりも、羽ペンを持つほうが性に合っているような王子だが、誠実で礼儀をわきまえた立派な王子であった。……我ら王族には縁遠い話だと思っていたが、やはり好いたもの同士が結ばれることに越したことはないからな」
その視線が意味ありげにエステルとヴォルフに向けられる。どうやら、バルサット王は、エステルとヴォルフが互いに想い合って婚約したと思っているようだ。
「そうですね」
ヴォルフがさらりと返した。
食事を終えるころ、午後の試合の開始を知らせるファンファーレが鳴った。四人は席を立ち、剣闘を見学するために、闘技場の貴賓席に戻った。
***
昼の休憩時間をアーサーはルーペルと過ごした。闘技場のすぐそばにある河原で、なんとルーペルが作ってくれた特製弁当を開いた。
「これは、我が、アンダーソニン家に伝わる秘伝のレシピで作った料理の数々だ。午後の試合はもっときつくなるから、しっかり、食べとけよ。身体がもたないからな」
「ああ。ありがとう」
しかし、お弁当を口にしかけたアーサーはその動きを止めた。
「ルーペル」
「ん?」
「これはなんだ?」
アーサーがフォークで刺したのは、濃い調味料で味付けされたトカゲのような生き物の串焼きだった。
「精がつくぞ。食べとけ。我が家で地方に遠征に出たときに常備する食糧で、栄養価が高いんだ」
「……そ、そうか」
友人の親切を無下にできるアーサーではなかった。思い切ってとかげもどきと口へと入れた。勢いよく咀嚼すると、滋味に富んだ味が舌に広がってなかなか美味しかった。食欲がわいてきたので、フィアリーが焼いたというバターと蜂蜜をたっぷり練り込んだパンとともにお弁当をたいらげていった。中には正体不明の生き物が混じっていたが、それが何か考えないようにした。
「午前の試合はよかった。体力を温存しながら、自分の持ち味を生かしてうまくやってるなと思った。……ただ、左の守備が甘いな」
それは、アーサーも感じていたことだった。
「気をつける」
「にしてもお前、相当注目されてるな」
「え?」
試合に集中していたせいで、アーサーは自分が他人の耳目を集めていることに気づいていなかった。
「何かやらかしたのか?」
思い当たることが多すぎて、逆に見当がつかなかった。
「まあ、いい。恐らく決勝に勝ちあがってくるのは、あの銀の鎧を着た剣士だと俺は睨んでいる」
「……ああ、ザクセン公か」
「知り合いか?」
「知り合いってほどでもないが……」
ザクセン公との関係をなんと表現したらいいのか、正直、わからなかった。ルーペルがアーサーの肩を叩いた。
「しっかりしろよ。お前も十分やれてる。このままうまくやれば、決勝に行ける。決勝まであと二試合だ。……頑張れるよな?」
アーサーは表情を引き締めた。
「ああ。もちろんだ」
***
決勝戦が近づくほど、戦いの激しさは増していった。アーサーはじりじりと体力が削られていくのを感じた。しかし、それは相手も同じで、見ているだけで疲弊しているのがわかった。午後の試合でなんとか一勝を収めると、待ち時間の間に井戸の水で顔を洗いに行った。最後に水で喉を潤すと、何気なく空を見上げた。すでに陽は傾き、薄いレースのような雲に覆われていた。
「一雨きそうだな」
ひとりごちている間に、アーサーの試合の時間がやってきた。
再び闘技場に立つと、頭にターバンを巻き、マスクで顔を隠した異国の剣士がアーサーの前に立ちはだかった。試合開始の合図と共に相手が襲いかかってくる。敵は小柄な身体能力を生かして、アーサーをかく乱する。アーサーは攻撃をよけるだけで精一杯になった。だが、絶妙なタイミングで繰り出される剣戟をアーサーは己の剣でなんとか受け止めた。そのまま鍔迫り合いとなったが、そうなると小柄な敵はあっけなかった。勢いに任せて剣を払うと、相手が「きゃっ」と悲鳴を上げた。アーサーは瞠目した。
「え、女性?」
すると相手がきっとアーサーを睨みつける。
「女だからって甘く見るんじゃないよ!」
そう言って一瞬で起き上がると、細身の剣でアーサーの銅を狙う。つい動揺してしまい、逆に抑制が効かなかった。アーサーは敵の剣を素早く絡めとると、喉元に刃先をつきつけた。
「勝負あった!」
審判の声が聞こえてくる。わあっと割れんばかりの歓声がアーサーの耳に届く。試合はいくつかのブロックに分かれて行われていたが、すでに試合数が限られていたので、アーサーの戦いぶりを見物していた客も多かったのだ。アーサーは、額を流れ落ちる汗を拭うと、対戦相手に手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
すると女性は一人でぴょんと立ち上がった。
「馴れ馴れしくしないでくれる? 勝ったからっていい気になるな!」
女性がマスクを取って元気にそう叫んだので、周囲が違うざわめきに包まれた。アーサーの相手が女性であることに周りも気が付いたのだ。見事な赤毛の女性、……いや少女が、アーサーを睨みつけている。
「おまっ、ジュディ!」
観客席からルーペルの叫び声が聞こえてきた。
「ルーペル、よくもあたしの前に顔を出せたものね! あたしから逃げたくせに!」
どうやら、彼女——ジュディこそが、ルーペルの幼馴染で前に話してくれた縁談相手らしかった。
「そんなことよりお前、こんなところで何やってるんだよ!」
「力試しに決まってるじゃないか。見ての通りだよ。……負けちゃったけどね」
ジュディは剣を鞘にしまった。
「お前は馬鹿か! 男に混じって女が……」
するとジュディがむっとするのがわかった。
「女だからってバカにするな!」
「俺はお前を心配して言ってるんだよ!」
「逃げた男に心配されたくないね!」
アーサーは唖然とした。
ルーペルの言う通り、ジュディはとんでもないおてんば娘だった。逃げたくなるのも無理もないのかもしれないと思った。
アーサーはため息をついた。勘弁してほしかった。こっちは決勝を控えているというのに。
「……痴話げんかは向こうでやってくれ」
そう言うと「痴話げんかじゃない!」と二人は同時に叫んだ。
と、そのとき、アーサーが戦っているのとはちょうど真反対の試合会場が大きなざわめきに包まれた。決勝の相手が決まったのだ。白銀色の鎧をまとった剣士が歓声に包まれている。――ザクセン公だった。




