ルーペル・アンダーソニン2
本気を出したルーペルの剣技をアーサーは初めて体験した。留学中の戯れのような稽古が嘘のように激しかった。騎士団の鍛錬をもしのぐ厳しさだった。だが、頼んだのは自分だ。剣闘で勝つためには必要なことなのだと、弱音を吐きそうになると、自分にそう言い聞かせた。
こうして薫風祭までの日々を昼は騎士団の仕事、夜はルーペルの指導を受けて過ごした。くたくたになると、ろくに食事も摂らずに眠りに落ちるのでティリに心配されたが、アーサーの毎日は不思議と充実していた。ルーペルは気楽なもので、アーサーが仕事に行っている間は、ギディオンの王都を見物しているらしかった。モルガンは、自分が非番の日に、なんだかんだと言って、すっかり仲のよくなったルーペルに剣の手ほどきを受けたらしいが、軽くあしらわれるばかりで勝負にならなかったらしかった。だが、アーサーが帰宅すると、モルガンは目を輝かせていた。
「俺、すげー。あのエドワード・アンダーソニンの身内と手合わせしたんだぞ。お前のためじゃなかったら、周囲に自慢したいくらいだよ」
ルーペルが来て数日、モルガンは暇さえあればティリの家に入り浸り、新たな下宿人となったルーペルの剣の稽古を見たり、一緒に酒を飲みたがった。うまが合うらしく、ルーペルのほうも、アーサーとの鍛錬の時間以外は、モルガンと一緒にいることが多くなっていった。アーサーは薫風祭まで酒を絶つつもりだったので、晩酌には付き合えなかった。フィアリーは、気のいい下宿人となったルーペルの世話に忙しかったし、ジョゼは騎士の鍛錬を見て、将来は自分も騎士団に入りたいと言い出した。
——薫風祭の三日前になると、剣闘に出ることになっている団員は仕事を休むことが許されていたので、アーサーは一日中ルーペルに鍛えてもらうことができた。昼の休息時、ルーペルはからかうように言った。
「モルガンに聞いたぞ。剣闘に出るのは女のためじゃそうじゃないか。……あの女嫌いで誰が迫っても落ちなかったお前に、そんな相手が現れるとはね」
冷やかすように言われ、アーサーはむくれた。
「ほっといてくれ」
「大学の仲間にいい土産話ができたな。あとは、お前が剣闘で優勝すれば最高なんだけどな」
アーサーはしばらく黙り込んだあと、おもむろに口を開いた。
「……ぼくにできると思うか?」
「アーサー、お前には俺ほどじゃないが才能がある。それに、この俺が直々に手ほどきしてやってるんだ。大丈夫だ」
「……そうかな」
アーサーは自信なさげに俯いた。ルーペルはアーサーの肩を叩いた。
「元気出せ。気合入れろ。――勝ち取りたいものがあるんだろう?」
「ああ」
アーサーは視線をルーペルに向けて頷いた。
「そういうルーペルは、誰かいい相手はいないのか?」
もてるのに、ルーペルはアーサーと同じように女性を寄せ付けない性格だった。最も、女性が苦手というわけではなく、自分には必要ないと思っているようだった。
するとルーペルは口ごもった。アーサーはすぐにぴんときた。
「その様子……、まさか、誰かいるのか?」
「いや、その、いるってわけじゃないんだが。いや、いないって意味じゃないが……」
「つまりいるんだな」
ルーペルが珍しく言いよどんでいるので、アーサーは人の悪い笑みを浮かべた。
「どんな相手なんだ?」
「……幼馴染だよ。子爵家の一人娘で、婿養子を取らないといけない立場なんだが、最近、親に結婚をせかされて、俺以外とは結婚しないと言ったらしい。親からも相手から惚れられて、必要とされて、爵位も継げるなんていい話じゃないかと言われてるんだがな……」
「嫌なのか?」
するとルーペルはこの世の終わりみたいな顔をした。
「それが、とんでもないじゃじゃ馬なんだよ。苦手なんだよ。俺の手には負えないよ。今回のギディオン行きだって、彼女が留学先に押し掛けてきたから、渡りに船とばかりに逃げてきたくらいだからな」
アーサーは思わず笑った。久しぶりに声を立てて大笑いした。
「笑うな」
「悪い」
夕方になると、仕事を終えたモルガンがやってきた。アーサーが庭の椅子に座って休憩している間、モルガンはルーペルに稽古をつけてもらっていた。その姿を眺めていると、お茶を持ったフィアリーが姿を見せた。
「アーサー様、どうぞ」
「ありがとう」
アーサーはよく冷えたお茶をいっきに飲み干した。そして謝罪した。
「騒がしくしてしまってすみません。その上、ルーペルの面倒まで見てもらってありがとうございます。あなたが作るご飯は美味しいと言っていましたよ」
「まあ、恐れ入ります。……それにしても騎士の鍛錬というものはすさまじいものなのですね」
「……いや、ルーペルが強すぎるんですよ」
「でも、負けずに対峙なさるアーサー様もご立派ですわ。それに賑やかなのには慣れているんです」
「え?」
「……亡くなった夫が友人の多い人でしたから。休みの日なんかは、よく友達を家に招いて騒いでいましたわ。ジョゼが生まれるころには、さすがに控えてくれましたけど……」
フィアリーはくすぐったそうに笑った。
「アーサー様を初めて見たとき、驚きました。亡くなった主人に面影がそっくりだったので。だから、アーサー様を見ていると、いつでも主人を思い出すんです。街の警備隊に所属していたので、剣の鍛錬をしていたところも似ていて……」
そこでフィアリーははっと口を抑えた。
「申し訳ありません。失礼なことを」
恐らく、平民出の夫とアーサーを重ねていたことを謝っているのだろう。アーサーは首を振った。
「気にしていません。……亡くなったご主人のこと、今でもお好きなのですね」
「はい」
フィアリーは真っ直ぐな目ではっきりと頷いた。
アーサーとフィアリーが笑い合っていると、モルガンが声をかけてきた。
「おい、アーサー。そんなところでいちゃいちゃしていると、シェーンベルグ公爵令嬢に言いつけるぞ」
「誰が、いちゃいちゃだ!」
ルーペルとモルガンはアーサーたちを見て、にやりと意地悪く笑っている。
気を引き締めたルーペルが言った。
「さあ、休憩は終わりだ。次、行くぞ」
「ああ」
アーサーは剣を手に立ち上がった。




