ルーペル・アンダーソニン
翌日は非番だったが、アーサーは騎士団に出向いた。そして、騎士団長の居室の扉をノックした。
「入りなさい」
厳粛な声に、緊張しながら入室すると、机の上で書類を眺めていたザックスと目があった。アーサーは二日酔いの頭の痛みをこらえながら、ザックスに告げた。
「騎士団長、わたしの剣闘への参加願を受理していただけませんか?」
アーサーが今朝書いたばかりの出願書類を提出すると、書類に不備がないか眺めていたザックスが言った。
「本気かね?」
「はい」
昨夜は、酔っぱらっていたが、勢いだけで剣闘に出ると宣言したわけではなかった。しっかり記憶もあったし、覚悟もあった。ザックスはテーブルの引き出しから、印を取り出すと、アーサーが渡した参加願に、真っ赤な判を押した。
「……いい目をしているな。待っていたよ。薫風祭まであと半月、頑張りなさい」
「はい!」
アーサーは決意も固く頷いた。
アーサーが剣闘に出るという話は、その日のうちに騎士団内に広がった。剣闘に参加することをすでに表明している者たちは、その話を鼻で笑った。アーサーの腕前が自分たちには到底敵わないと知っているからだ。
翌日の鍛錬の時間に、アーサーをちょっとからかってやろうという意地の悪い団員が現れた。だが、これまでアーサーよりずっと格上だった中堅クラスの騎士に勝負を申し込まれ、アーサーは冷静に受け入れた。不思議と負ける気がしなかった。
「五秒で叩き伏せてやる。身の程を思い知れ」
相手はそう言った。
アーサーは一礼して剣を構えると、相手はにやりと笑って切りかかってきた。幾度か繰り出される攻撃を危なげなく剣で受け止める。相手の動きはアーサーの目には、無駄が多く見えた。剣で力任せな攻撃を弾き返すと、刃を潰した練習用の剣を相手の鳩尾に叩き込んだ。周囲が驚きにざわめいた。これまで負け続けていた相手を、一撃で失神させたのだ。無理もなかった。アーサーはまた一礼すると、剣を鞘に収めた。
「お前、やっぱすげーよ! 本気出したら強いじゃん!」
モルガンがアーサーの背中を荒っぽく叩いた。
自分でも不思議なほど感覚が研ぎ澄まされているのがわかる。
まぐれではないかと、もう一人、中堅の騎士がアーサーに勝負を挑んだが、これもまた数度打ち合ったのち、相手の背後に回り込み、剣先を首筋に突きつけて勝利を収めてしまった。
「……まずったな」
鍛錬のあと、モルガンが呟いた。
「え?」
アーサーがわけがわからない顔をしていると、モルガンは言った。
「今ので、お前、剣闘に出るやつらに目を付けられたぞ」
アーサーは目を丸くした。
それは考えもしていなかったことだった。
「エミーユとマティルドは剣闘で優勝して爵位をもらいたがっていたし、ローグナーは、身分違いの貴族の令嬢との結婚を狙ってるんだ。他にも、剣闘に人生をかけているやつは多い。……気、抜くなよ」
「……ああ」
アーサーは重々しく頷いた。
仕事が終わったあとは、ティリの家でモルガンが練習に付き合ってくれたが、彼ではアーサーの相手は務まらなかった。激しい打ち込みのあと、モルガンは息を切らしながらその場に座り込んだ。
「……お前、極端なんだよ」
「……悪い」
アーサーはバツが悪そうに答えた。
絶対に負けられないという想いが、アーサーに覇気を与えていた。
それから三日後、救いの手と再会を果たすことになる。
「アーサー、久しぶりだな。元気だったか?」
「ルーペル!」
かつての留学仲間で剣の腕に覚えのある騎士の息子ルーペル・アンダーソニンがやってきたのだ。黒髪にハシバミ色の瞳を持つ、なかなかの美男子だった。剣闘に出ると決めてすぐに手助けしてほしいと手紙を書き送っていたのだ。ちょうど大学が夏季休暇に入るところだったので、快く応じてくれた。
「よく来てくれたな。ありがとう、ルーペル」
アーサーはモルガンにルーペルを紹介した。
「モルガン、彼は留学先で知り合った友達のルーペル・アンダーソニンだ」
アーサーの言葉に、モルガンが目を剥いた。
「ルーペル・アンダーソニン? ……って、まさかボリジブの剣聖エドワード・アンダーソニンと関りがあるのか……?」
「ああ。エドワードは俺の父だ」
ルーペルが頷くと、モルガンの顔から血の気が引いていった。
「お前、なんてやつに剣を習ってたんだよ……」
アーサーは首を傾げた。
「ルーペルの実家はそんなに有名なのか?」
「超有名人だよ! ボリジブの内乱を治めた立役者だよ! 大陸随一の剣の使い手だぞ! お前、どこまで世間知らずなんだよ!」
ルーペルは快活に笑った。
「俺なんて父の足元にも及ばないよ。アンダーソニン家の四男で、国のために騎士になった兄たちと違って好き勝手にやらせてもらっているからね。……なんなら一戦交えてみるか?」
ルーペルが面白がるように腰に佩いていた剣を叩くと、一瞬だけ、殺気と呼べるものがルーペルから放たれた。圧倒されたモルガンがものすごい勢いで頭を振った。
「……結構です」
ルーペルは、アーサーに視線を向けた。
「さあ、アーサー、時間がもったいない。すぐに稽古を開始しよう」
「ああ。是非、お願いする」
アーサーはすらりと剣を抜いた。




