エステルの焦燥
急いで王宮を辞したエステルは、シェーンベルグ公爵家に戻るとさっそくジーニアス侯爵領に兵を派遣するように父に願い出た。事の重大さを瞬時に理解した公爵は、すぐに派兵の準備を開始した。そうして日が暮れるころ、エステルは乗馬服に身を包み、近隣から集まった公爵領の兵の行列に加わって、リトンの街へと向かった。
――夜明け前に街にたどりつくと、火はすでに鎮火していた。人々は、三分の一が焼失し、焼け野原と化した街を前にして途方に暮れていた。エステルもまた痛ましい光景に呆然となったが、「お母さん、お腹空いた……」と近くで母親にすがりつく子供の声を聞き、はっと我に返った。すぐに兵士に焼け出された人々のために食事を用意するように命じた。
エステルはその場を年配の兵士に任せ、供を連れて領主の館へと向かった。入口で名前を名乗り、侯爵に会いたいと頼むと館の奥から、アドルフが急いで飛び出してきた。
「! これはシェーンベルグ公爵令嬢! わざわざ来てくださったのですか!」
「はい。侯爵家の窮状を聞き、何かお役に立てることがあればと、はせ参じました。――ところでアーサー様はどちらに?」
するとアドルフが苦虫を噛みつぶしたような顔になる。
「……それが行方不明なのです」
「え?」
「昨日の昼間に街の様子を見にやらせたのですが、帰ってこないのです。探そうにも人手が足りず、場も混乱していて、こちらもやきもきしていたところなのです……」
エステルの頭からさっと血の気が引いた。アーサーの身に何か起きたのかもしれないと思うと胸が潰れそうになる。
エステルはすぐに決断した。
「では、わたくしが探しに行きます」
「それは危険です!」
「他に人員を割けないのなら、わたくしが行くべきです」
アドルフはエステルの毅然とした態度に押し負けたようだった。
エステルはアドルフから街の地図を受け取ると、馬の手綱を手に取り、馬首を返した。しかし、ごった返す人の波に押され、馬で進むことはすぐに困難になった。エステルは馬を降り、家人に預けると、焼け落ちた家の片付けに追われる人々や炊き出しの準備をしている人たちの間を回ってアーサーを捜した。しかし、どこを回ってもアーサーの行方はようとして掴めなかった。怪我をした人々が集められた救護所にも足を運んだがアーサーは見つからなかった。まさかよからぬ出来事に巻き込まれているのではないかとはらはらしていると、供をしていた兵士がエステルを止めた。
「お嬢様、この先は下町です。お嬢様が足を運ばれる場所ではございません」
「でも、アーサー様がどこにいるのかもわからないのに……」
エステルの必死な顔には不安が滲んでいた。
すでに日が暮れかけていた。
夕闇が迫るほど、エステルの不安は増していった。
「……アーサー様はいったいどこに……?」
そのときだった。
「フィアリーったら、あんないい男、いったいどこで捕まえたんだい?」
エステルは思わず足を止めた。
井戸のそばで中年の女が子供を連れた女性をからかっているところだった。二人は親子のようで、女性は女とは違って華奢で儚げな風貌をしていた。
「変なこと言わないでよ、母さん。この子の命の恩人なんだから。ただそれだけよ」
女性は小さな男の子と一緒だった。井戸から水をくみ上げている最中だった。
「でも、惚れちまったんだろう?」
「馬鹿なこと言わないで!」
反論しつつも、女性の頬はかすかに朱色に染まっていた。
「照れることないじゃないか。旦那と死に別れてもう三年もたつんだ。そろそろ男っ気があってもいいと思ってたところだよ」
「そういうことじゃなくて! ……あの人、絶対貴族よ。あたしなんか相手にされるわけないでしょう?」
「じゃあ、お妾にでもしてもらったらいいじゃないか。一生安泰だよ。あんたはこの街一の器量よしなんだからさ」
「もう! 母さんったら!」
エステルは、女性に駆け寄り、その肩をつかんだ。
「あの、その方はもしかして……!」
「え?」
いきなり声をかけられて女性は困惑している。エステルは必死な声で言った。
「——その人はわたくしの探し人かもしれないんです」




