③ー2
僕の家から会社までの通勤時間は車で四十分かな。通勤ラッシュ時は、橋の入り口の渋滞がすごいんだよな。
乗っているのは、紺色のシビック。もう古いけど、走るだけなら別にこれで問題はないね。
助手席の椅子の下とか後部座席には私物が散乱している。コンビニで買った雑誌やゴミがほとんど。
それはそのうち捨てるし、別に気にはならない。だって、誰かを乗せるわけでもないし、誰にも迷惑はかけてないでしょ。うん。
会社の朝礼は八時半から。僕が行く頃には、ほぼみんな揃ってる。で、朝礼の司会が月に一度くらいのペースで回ってくるんだけど、僕はそれが嫌。
みんなの前で司会って、嫌過ぎ。緊張しいって言ったと思うけど、みんなの視線を浴びるし、僕のキャラじゃない。
――と言ってると、ほらね。今日は僕が朝礼の司会担当だよ。とほほ。
「おはようございます。今から朝礼を始めます。何か連絡事項がある人は……」
ん? なんか数人の人が笑ってるけど、僕、変なこと言ったかな?
嫌だな、この空気。なんだろう? 僕を見て、まだ笑ってるよ。
「じゃあ、指差呼称します。」
「今日も一日、元気でいこう! よし!」
『今日も一日、元気でいこう! よし!』
はあ、終わった。これで一ヵ月は回って来ないや。
「北ちゃん、チャックチャック」
「え?」
山崎は朝礼後すぐに僕に駆け寄り、そう言った。僕の下半身を指差した。ああ。これか。チャック全開だった。あはは。まさに指差呼称。
『チャック全開! よし!』
なんつって。あははは……。笑えないわ。
「あんたよ、パンツまでチラッと見えとったから、司会の人を見ようとしても、みんな笑ってしまってたわ」
「すいませんね。全く気がつかなくて」
普段から鏡とか見ないからなあ。そんなに気にしてないから、別にいいけど。
「ああ、それはそうと、沢田さん、カラオケ行きたいって」
「あ、そうですか。わかりました」
よし。これで三人。今のうちに他の人も聞いておくか。
「あのお。カラオケ行きませんか?」
僕は朝一で塚田さんと坂下さんに聞いてみた。
「北村さん、ごめん。俺はカラオケ苦手なんです」
「俺は行きます」
「はい」
塚田さんは×で坂下さんは○ね。四人いればいいか。あまり増えても歌えないし。
「どこでやるんですか?」
「いつものって言ってもわからんか。会社の前の道を、真っ直ぐ行った角の所です」
「ああ。あそこですね」
週末が楽しみだな。
やった。久しぶりのカラオケ。今日は仕事もほどほどに済ませたし、準備万端。明日は休みだから、羽も伸ばせる。
僕は会社の人とカラオケに行く時は、いつもここのお店にしている。近いし安いし、言うことないね。
あ、沢田さんだ。
「遅れてすいません」
「いえいえ」
あれ。沢田さんと話すのはこれが初めてだっけ?
「他に誰が来られるんですか?」
「あと二人、誘っておきました」
沢田さんって、たぶん、おとなしい人なんだろうな。雰囲気でわかる。えーっと、何を話そうかな。
いかん、緊張する。同い年だから、それにちなんだ話題は……。
あ。よかった。あとの二人が来た。
「北村さーん。なんで作業服なんですかー」
「さすが北村さん。いけてますよ」
うるさいなあ、もう。着替えるのが面倒臭いんですよ。いつもは家から作業着で来てるし。
「四名様ですね」
「はい、四人で」
僕はウエストポーチから会員証を取り出して、受付を済ませた。
僕達は部屋に入った。さて、最初は何を歌おうかな。やっぱりあれだよな。
僕はタッチパネル式の端末で検索した。
「誰か、早く一曲目入れてくださいよー」
坂下さんが言った。
「入れたよ」
一年振りのカラオケ。入院中も歌いたくて、うずうずしてたんだよね。
きたあ。この前奏。テンションあがるなあ。
僕はマイクを持って熱唱した、と思う。自分の声が自分ではよくわからないように、僕はカラオケが上手いかどうかはよくわかんない。でも本人が楽しければいいよね。
他の二人は歌う曲を探していたけど、沢田さんは手拍子をしてくれてた。ちょっと嬉しい。
瀬名さんも坂下さんも、僕が歌わない曲をいくつも知ってるよな。その点は感心する。そして、二人とも上手い。
沢田さんも、僕の感覚でいうと、上手いと思う。選曲も僕の好きなグループの曲とかを選ぶ時があって、僕と似ているところがある。わざと選んでくれてたりして? 比較的、おとなしめの曲が多いかな。
でも、久々に熱唱すると、ちょっと喉を痛めそう。
アニメソングなんか、ほんと久しぶりだよ。ああ、楽しい。みんな笑ってくれてるし。沢田さんは意外と明るい人かもね。
「カラオケ、どうだった?」
週明けの月曜日、山崎さんが聞いてきた。
「久々で、超楽しかったです」
「ほんとけ。よかったね。沢田さんは上手いが?」
「はい」
「どんな曲歌うが?」
「えーっと、福山雅治とかも歌ってましたよ」
「そうながけ」
沢田さんは、たまに英語歌詞の洋楽を歌い、僕のようにアニメソングも歌うし、なんか不思議な人だな。ほんとにカラオケが好きそう。今度行く時は、また誘いたいな。
あ、沢田さんだ。僕が廊下を歩いてると、彼も向こうからやって来た。
「昨日は楽しかったです。また行きましょうね」
「はい」
僕は小さく頷いた。自然と笑顔になってた。




