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三

[前回までのあらすじ]

 同僚への淡い気持ちを抱いていた僕。

 しかし、その彼が既婚者だと知り落胆する。

 新たな恋は始まるのだろうか…。


[登場人物紹介]

沢田  主人公。転職したての内気な男

坂下  同僚の男性。もうすぐ子供が生まれる予定

南   沢田の上司

山崎  北村と同じチームの女性。面倒見がいい

北村  同僚の男性。あっけらかんとした性格。カラオケが好き

塚田  同僚の男性。次期部長候補

瀬名  同僚の男性。北村とよくふざけている。海外旅行が好き

 会社にはテレビが置かれた小さな食堂用の部屋があり、多くの女性社員は、各自弁当やパンを持参して昼食を食べていた。一方、男性社員のほとんどは外へ食べに行き、僕も誘われたことがあった。だが、僕は昔から食べるのも遅く、他の人にも気を遣わせてしまうのが嫌で、社内の食堂で食べることにしていた。食後、ゆっくり休憩できるのも僕の性分に合っていた。


 食堂で食べる男性社員は、僕の他に坂下もいて、まだ慣れていない僕に話しかけてきてくれた。彼は手作りの愛妻弁当を持ってきていた。もうすぐ子供が生まれるそうだ。彼も、僕の数か月前に転職してきたばかりらしく、前に勤めていた会社でも、今と似たような仕事をしていたらしい。

 食堂に来ていた女性社員も年齢層は若かったが、ベテランの山崎や僕の上司にもなる南らが、いつも話題を振りまいていた。

「沢田さんの家の近くに、美味しいケーキ屋さんがあるんですよね」

「ええ。ありますね」

 僕は答えた。

「あら。そうなんですか」

「そうらしいよ」

「うわー。一度食べてみたいな」

 他の女性社員も話に乗ってきた。

「一回、お土産に買って来てよ」

 山崎は、冗談で僕に言った。僕は笑った。


 昼食を終えると、僕はくつろぐために自分のデスクへ向かうのだが、その隣の作業部屋では、いつも男性社員数人が集まって談笑していた。北村や塚田、瀬名、坂下といったメンバーだった。塚田は僕よりも細身で小柄な男性だ。既婚者で、子供が一人いるらしい。僕より一つ年上だが、既に数人の部下を統率しており、次期部長とも言われるような人物だった。海外旅行好きの瀬名は二十代の男性で、北村と二人でふざけている姿をよく見る。

 僕が昼休みの時間にその部屋の前を通ると、扉越しに彼らの笑い声が聞こえてきた。何を話しているのだろう。僕はその輪に加わりたいという気持ちもあったのだが、この会社に来てそれほど日にちも経っておらず、まだ馴染んでいなかった僕は、そのドアを開かずに通り過ぎた。もともとの人見知りの性格もあった。


 引き継ぎも終え、西山が退職してから何週間かたった頃、北村と同じチームの山崎が僕に話しかけてきた。

「沢田さん、カラオケうまいがやって?」

 僕は地元に戻ってきてからは意識しないと方言は出なかったが、山崎の方言丸出しの言葉に僕は懐かしさを感じた。

「上手いかはわかりませんけど、好きは好きです」

 僕はそう答えた。昨日、仕事の合い間にチーム内でカラオケのことが話題になったから、山崎はそれを女性社員づてに聞いたのだろう。

「あのさ、北村さんがカラオケ好きながやけど、誰か一緒に行ける人を探しとったから、行ってきたら?」

「あ。ぜひ行きたいです」

「わかった。北村さんに言っとくちゃ。あの人、あんたと歳も同じだから、話、合うと思うよ」

「そうなんですか。ありがとうございます」

 僕はこの性格もあって人前で歌うことにはかなり抵抗があるが、なぜかカラオケボックスでは歌えるようになった。それも大学時代になってやっとのことだったが、それ以来、カラオケは好きだった。

「そっか。北村って人はカラオケが好きなんだ。それに、僕と同い年だったのか」

 僕と同様にカラオケが好きで、同い年。僕は山崎との会話を思い出しながら、北村に多少の興味を感じた。


 北村は、いつも朝礼の時間ぎりぎりに、型式の古い小型車でやって来て、のそのそと居室に入ってきた。歩く速度は、牛のようにゆったりしていた。髪の毛はぼさぼさで、寝起きのままかと思われるような寝癖もついているときがあった。服装も、ズボンから上着がはみ出していたり、時にはズボンのチャックも全開になっていたりした。毎朝、鏡を見ない人なのだろうか。身なりを気にしない人なのだろうか。あっけらかんとしている彼は、僕にとって初めて出会うタイプの人だった。

 女性社員同士は、彼のそういう姿を見て顔を見合わせ、朝礼前にクスクスと笑いを堪えていた。僕は、その彼の風貌に、だらしない人だなとは思ったが、嫌悪感を抱くほどでもなかった。


 同僚とカラオケに行く日がやって来た。坂下からは現地集合と聞いていたので、僕は仕事を終え私服に着替えると、車で集合場所のカラオケボックスへ向かった。店内へ入ると、会社の作業着姿のままの北村が案山子のように直立不動で立っていた。

「遅くなりました」

「いえいえ」

 華やかな店内に一人、上下紺色の作業服の男。腰には黒いウエストポーチを巻いていた。僕はその姿の彼を見て少し恥ずかしくなったが、彼はそういうことも特に気にしない性格なのだろう。

「他に誰が来られるんですか?」

「あと二人、誘っておきました」

 社内の挨拶以外での、僕と北村のほぼ初めての会話だった。彼の丸っこい顔と似ていて、その口調にも僕は親しみを感じた。そうこうしていると、自動ドアが開き、二人の同僚が一緒にやって来た。いつも昼休みの時間に北村と談笑している瀬名と坂下だった。

「北村さーん。なんで作業服なんですかー」

「さすが北村さん。いけてますよ」

 二人が北村に声をかけた。その言葉を意に介することもなく、北村はカウンターで受付を済ませた。


 四人はセルフ式のドリンクを準備して部屋に入ると、ソファーにドカッと腰を下ろした。坂下はおもむろに分厚い曲目リストをパラパラとめくり始め、北村はタッチパネル式の端末を操作しだした。瀬名は壁のスイッチを回して室内の明るさを調節すると、カラオケのモニター画面をじっと眺めていた。

 僕は坂下とは昼食の時間にいくらか会話をしていたが、北村や瀬名とはほとんど話したこともなかった。

 僕も、テーブルの上の曲目リストの本を取ってページをめくっていたが、みんながどういう雰囲気の曲を選ぶのか、歌は上手いのか、そういうことが気になっていた。

「誰か、早く一曲目入れてくださいよー」

 坂下がページをめくりながら言った。

「入れたよ」

 北村が答えた。

 北村は、僕も学生時代によく聞いていたグループの曲を歌い始めた。時々、拍子がずれたり音程を外したりしていた。僕も高い声は出ないし、自分自身でそれほど上手いとは思っていなかったので、僕は少しほっとした。小さく手拍子をしながら、僕はモニター画面と彼の横顔を交互に見ていた。


 僕も学生時代に流行っていた曲や、最近よく聞いている曲を歌った。

「それ、ドラマの主題歌でしたよね」

「そうでしたね」

 僕は三人と会話をしながら、徐々に雰囲気に慣れることができた。瀬名は高い声が出て歌が上手く、坂下は最近の流行りの曲をいくつも知っていた。北村は演歌を熱唱したり、時々アニメソングなどを入れて、おどけながら歌ったりもしていた。その姿が可笑しくて、僕は笑った。一時間ほど前の、いろいろ心配していた僕の気持ちは吹き飛んでいた。これほど笑ったのは久しぶりだった。


「沢田さん、福山雅治も歌うがだって?」

 週明けの月曜日、僕が仕事をしていると山崎が話しかけてきた。

「昨日、歌いましたね」

「凄いねー。楽しかったけ?」

「はい。楽しかったです」

「そう。良かったね。北村さんも楽しかったって言っとったよ」

「そうですか」

「また北村さんと行ってあげてね」

「はい」

 カラオケをきっかけにして、同僚に自分のことを少し知ってもらったことが僕は嬉しかった。その後、廊下で北村とすれ違う時、僕は彼に話しかけた。

「昨日は楽しかったです。また行きましょうね」

「はい」

 ニコニコとした北村の顔が印象的だった。


 その日の休憩時間から、僕はたまに北村らの談笑部屋へ行くようになった。ゲームや音楽、車の話、家電の新製品の話などをしていて、時には仕事や上司の愚痴もでていた。北村は雑学に詳しく、インターネットのサイトを見ながら、どこで仕入れて来たのだろうという情報を教えてくれた。僕はいつも、

「へー」

と相槌を打ち、彼の意外な博学ぶりに感心していた。塚田はカラオケが苦手らしく、先日のカラオケの際も北村から誘われていたようだが、断ったそうだ。

 やはり、僕は内気な性格上、彼らの話を聞く割合が多かったが、僕が今まで感じていた壁は徐々に低くなり、次第に会社に慣れていくことができた。



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