⑩ー3
この日も、僕がパソコンをしていると、沢田さんはそっと後ろにやって来て、僕の肩を揉み始めた。
もう、こんな苦しい思いは嫌だ。
僕は最大限おどけてみせて、あの質問を聞こうと思った。どうなっても構わないと思った。
しかし、振り返ろうとしたその瞬間、彼が触れていた僕の腰のあたりに、ビリッとした衝撃が走ったんだ。僕はその瞬間的な痛みで体が固まり、僕は腰に触れていた彼の手を、とっさに肘でどけてしまったんだ。
「ん?」
沢田さんは言った。
僕は顔をしかめて痛みを我慢しながら、首を横に振った。
「沢田さんを嫌がったわけじゃないんだ」
僕はそう言いたかったが、言葉が出てこなかった。
「大丈夫?」
沢田さんは僕の表情を見て心配したようで、優しく声をかけてくれた。
「うん」
僕は少し体を屈めたままで頷いた。沢田さんに、いらぬ心配はかけたくなかった。少し経つと痛みは消え、僕もその日は普通どおりに仕事をして帰った。
いつも腰を揉まれていたから、それが原因とは考えられなかった。後ろを振り向こうとした時、腰の神経がどこかと触れたんだろうか。
次の定期検査までは、まだ半月ほどある。いつものように僕は不安に蓋をして、仕事を続けた。
だけど、その日はついにやって来てしまったんだ。
僕が作業部屋から廊下に出ようとして立ち上がった瞬間、右足の付け根のあたりに激痛が走ったんだ。鋭利な錐のような物で刺されたような痛み。その後のジンジンとした鈍痛。
僕はバランスを崩して、顔を下にして床に突っ伏しちゃった。
大きな音でもたててしまったのか、僕の周囲にはすぐに人が集まって来た。
「大丈夫ですか?」
僕が両手で踏ん張って顔をしかめていると、佐渡さんがしゃがんで声をかけてくれた。
「うん。大丈夫。時間がたてば治るから、放っといて」
痛みを堪えながら、僕は言った。
「本当に?」
「うん」
僕は動けなかったけど、周囲にたくさんの人の足元が見えたし、みんなが僕をじっと見ていたのはわかった。
正直、こんな姿を見られたくはなかった。僕の弱い部分を見せるような、そして、他の人に心配してもらうような状況は望んでいなかったんだ。
これまでの経験通り、しばらくすると痛みは治まった。
でも、発症する痛みがだんだん大きくなって、その間隔も短くなっているのは僕も気がついていた。
さすがに、僕も親に伝えて会社を休み、次の日は病院に行った。
実は、みんなにも言ってなかったけど、今回以外にも倒れたことがあったんだ。会社に着いて車を降りた時に同じように痛くなって、地面でうずくまってた。その時も岩谷部長に見つかって、すぐに病院に行けと言われんだけど。
痛くなるけど、時間がたてば治まるってことに、僕も見て見ぬ振りをしていた。自分を騙していた。それは認めざるを得ないね。
でも、虫歯の痛みも放っておいたら治るからといって治療に行かない気持ち、みんなもわかるよね? あの、ドリルで歯を削る痛みは味わいたくない。放置しておいたら、その分、虫歯が進行していくのはわかっているんだけど……。
白状すると、病院に定期検査に行った時も、僕は痛みのことを先生に正直には伝えてなかったんだ。
だって、またあの辛い入院と治療の日々が来るのかと思うと、恐怖以外のなにものでもなかったから。
せっかく仕事にも慣れ、沢田さんやみんなとも楽しくやれているのに、その時間が奪われることが怖かったんだ。
僕は病院で問診され、画像を撮影して帰った。今回ばかりは、僕も正直に話さないと駄目だなと思った。
先生からは、結果が出るまで会社は休んで安静にしろと言われちゃった。自業自得だけどね。
数日後、母親と病院を訪れ、先生に診断の結果を聞きに行った。先生は、
「腫瘍が予想以上に大きくなってきていて、神経に悪さしている」
と言った。そして、
「入院して、手術が必要になるから、また相談しましょう」
と。
手術という言葉を聞いた時、僕は覚悟はしていたけども、やはり相当ショックだった。
心に重りをつけられて、どん底に落とされた気分だったよ。
職場に復帰してからの時間は、本当に楽しかったから。みんなとふざけ合って、カラオケに行って。
この会社で十年間ほど働いたけど、こんなに楽しかった時間はなかった。岩谷さん、山崎さん、白川さん、塚田さん、瀬名さん、坂下さん、沢田さん……。みんなの顔が浮かんだ。




