十
[前回までのあらすじ]
僕は他人の目を気にしながら行う、北村とのスキンシップに喜びを感じていた。
しかし、彼のあっけらかんとした素ぶりはいつも通りだった。
それに戸惑いながらも、僕は彼の魅力に引っ張られてゆくのだった……。
[登場人物紹介]
沢田 主人公。内気な男性。北村が好きだと気付いた
北村 同僚の男性。あっけらかんとした性格
森 沢田が勤める会社の社長
佐渡 沢田と同じチームの女性
山崎 北村と同じチームの女性。面倒見がいい
僕がこの会社に来てから一年以上が経ち、部屋で北村と二人きりになると、僕は次第に大胆になっていた。僕はインターネットをしている彼の脇の下から手を入れ、後ろから彼の胸を揉むことも二、三度あった。
「ぎゃあ。何するんですかあ」
と彼は言った。時には、
「どこかに旅行でも行かない?」
と僕から誘ったこともあった。僕は慰安旅行で果たせなかった想いを実現したかったのだ。
その時、北村は、
「うーん」
と、気のない返事をした。僕の下心が彼に気づかれていたのだろうか。いつも僕に楽しそうな顔を見せてくれるけど、僕に対して友人以上の感情は持っていないのだろうか。
彼は、僕をどこかに誘ったり、僕の体に触れてきたりという、僕がするような行動はしてこなかった。
僕のような「少数派」といわれるグループに属する人は人口の五パーセントだとしても、僕は今までにそういう人には出会ったことはなかった。もし、出会っていたとしても、僕のように自分の素顔を誰にも見せることはしないのかもしれないが。
もちろん、この時代にはネットの世界でお互いに知り合うことができるが、僕はそういう掲示板に書き込むことはしたことはなかった。
僕は、この現実の世界で、今までにどれくらいの「少数派の人達」とすれ違ってきたのだろうか……。
北村の携帯電話に男女の動画が保存されていたということは聞いた。やはり、北村は男性には全く興味はないのだろうか。僕は彼の肩を揉みながら、彼の後ろから彼がパソコンを見つめる横顔を見ながら、それ以上は踏み込めない線の前で立ち尽くすしかなかった。
僕がこれだけスキンシップをしたり大胆に誘ったりしても、北村は嫌がりはしない。彼は他人が寄せる恋愛感情に鈍感なだけなのだろうか。僕がもっとはっきりと言った方がいいのか。
恋愛経験がほとんどない僕には、そのような駆け引きがよくわからなかった。
そんなことを考えて彼の腰を揉んでいた時、僕が部屋から出ようとすると、不思議な出来事が起こった。一瞬、彼が振り返って、後ろから僕の腰に触ってきたように思えたのだ。僕はハッとして振り返ったが、彼はさっきと変わらずに、パソコンをしていた。
何が起こったのだろう。僕の気のせいだったのか? いつも僕に腰を揉まれていることへの反攻か? 何かの意思表示か? 僕の頭の中はぐるぐると回っていたが、僕は午後からの仕事に遅れないように、隣の部屋へ向かった。
先日の一件について言い出せずに、しばらく経過した。僕は彼に自分の気持ちを伝えたかった。そして、彼の気持ちも確かめたかった。しかし、話を切り出すことはできなかった。それは僕と彼の間にある線を越えてしまうことになるからだ。
僕は、これまでの人生で好きな人に気持ちを打ち明けたこともないし、もちろん、つき合ったこともない。ましてや、それが同性の男となると、事情も複雑だ。社会には、まだまだそういう存在への嫌悪感が存在することも僕は理解していた。
僕が彼に告白することで、彼には僕が同性好きだという本性を知られてしまう。物心がついてから今まで約二十年間、誰にも言わずに内に隠してきた秘密をカミングアウトすることと同じなのだ。そしてそれは、彼が僕に嫌悪感を抱き、僕から離れて行ってしまうという可能性も含んでいた。
恐怖だった。
そんなある日、作業部屋に人だかりができていた。何事かと思い、僕は背伸びをして目をやると、人だかりの中心で誰かが床に倒れていた。北村だった。僕は驚いて駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
佐渡が彼の傍にしゃがんで声をかけていた。
「うん。大丈夫。時間がたてば治るから、放っといて」
床の上でうつ伏せになっている彼は、顔を下に向けたままで苦悶の表情を浮かべていた。痛みを堪えているようだった。
「本当に?」
「うん」
同僚は一様に心配そうな様子でその場から動けなかったが、彼の言葉の後、一人、二人と担当場所へ戻っていった。その時の僕は、人だかりの後ろから、その光景を見ていることしかできなかった。他の人がいる手前、彼に声を掛けることに戸惑いがあった。
次の日から、北村は会社を休んだ。
僕は、昨日彼に声を掛けられなかったことで、気持ちがもやもやとしていた。人の目を気にして声が掛けられないなんて……。こんな自分の性格に、正直嫌気がさしていた。
たしかに、数週間前から、彼は少しびっこを引くように歩いていたし、山崎と北村とで話をしていた時は、彼が
「右足の感覚がなくなる時があるんですよ」
と言っていた。
「あんた、一回、病院行ってこられま」
と山崎は病院で診てもらうことを勧めたが、彼の性格からして、おそらく行っていなかったのだろう。健康診断の要検査も、大丈夫と言って行かなかったくらいだから。
北村の欠勤が一週間ほど続いた後、朝礼で社長の森が言った。
「北村君のことですが、彼は後日入院して、手術をすることになりました」
同僚たちはそれを聞き、ざわざわとしていた。
「手術?」
僕は思った。まさか、そんな大事になるとは。毎月病院へ検査にも通っていたようだし、先週までは一緒に談笑もしていたのに。僕は彼のことが心配だった。そして、これから彼に会えない日が続くと思うと、寂しい気持ちになった。




