⑨ー2
僕はイライラしていたらすぐ顔に出るし、無口になる。限界を超えるとカッとなるけど、会社ではなるべくそうならないようには気をつけている。
嫌いな人にも、基本的にこっちからは話しかけない。極端でしょ? みんなと仲良くなんて器用なこと、僕にはできないよ。
そういう点で、沢田さんみたいな人は凄いなと思う。敵を作らないというか。僕は損な性格だよなあ。
わかっちゃいるけどやめられないってね。こんな顔して、僕もいろいろ悩んでるのよ。性格のこともだけど、将来のことも。
でも、できるだけ楽しく過ごしたいから、それを忘れるようにゲームや海外ドラマや雑学に没頭してしまうのかもしれないし、仲の良い人と喋っていたい。
みんなにはわかってもらえるよね? この気持ち。
あ、沢田さんだ。
「沢田さーん。昨日、面白いことがあったんですよ」
朝礼のために二階の居室へ行った僕は、沢田さんに話しかけた。
「ん? 何?」
沢田さんは、いつもよりも小さな声で言葉を返した。
「あのさ、昨日家に帰る途中に……」
いまいち沢田さんの反応が薄いな。この話題、面白くないのかな? 今日の沢田さんは僕が話していても、どこか上の空でよそよそしい。
ちぇっ。せっかく喜んでくれるかなと思ったんだけど。
朝礼後、僕が椅子に座って仕事を始めようとすると、小さな物音がした。
あ。たまには、こういうのをやってみようかな。僕は、床の上に置かれたある物を拾い上げ、沢田さんを探した。
二階から下りてきた沢田さんを見つけ、僕は手招きした。
「沢田さん、ほら」
「うわあっ!」
僕が後ろ手に隠した物を差し出した瞬間、沢田さんは僕が今まで見たことがないくらい驚き、跳んで離れた。
それは、ネズミ捕りにかかった、小さな子供のネズミだったんだ。
「もう。やめてよ、北村さん」
恥ずかしそうな、照れた表情。素の沢田さんを初めて見た気がする。意外に可愛かったりして。沢田さんの苦手なもの、みっけ。
そんなことをして作業場に戻ると、山崎さんに言われた。
「北ちゃん。楽しそうやったね」
「さっきのですか? 真面目そうな沢田さんがすごいびっくりして、面白かったですよ」
「あんたのことよ。あんたらがふざけてるのを見たら、兄弟みたいに見えたわ」
「兄弟ですか」
「うん。私も、北ちゃんのあんなに楽しそうな顔、久しぶりに見た」
え。まじ? 言われて気付いたけど、たしかに今の僕の顔も、なぜかにやけていた。僕は無意識に、真顔にしようとした。
「そうですか? 俺は大抵、腑抜けした、あんな顔ですよ」
僕って、そんなに楽しそうにしてたんだ。気付かなかったなあ。別に沢田さんが特別とは思っていないんだけど。自然となっちゃうのかな。
でも、人の意外な一面が見られるのって、楽しいね。
今日も、僕は面白そうなことを考えてるんだ。そろそろ作戦開始しようかな。
「沢田さん」
「ん?」
仕事中の沢田さんに、僕は家の新聞に入っていた広告を手渡した。
「はい。これ」
「何?」
「好きなんでしょ」
沢田さんはこの女優が好きらしい。なるほどなあ。言われてみれば、白川さんにも似ている。そういうことだったんだね。
「何、これー?」
沢田さんは、広告を僕のお腹へ突き返してきた。
「好きなら好きって認めたらどうですか!」
どんな表情をするか、楽しみだな。観念して白川さんのこと、認めてもいいのに。僕と同じで恥ずかしがり屋?
「もお」
沢田さんは照れながらも少しむきになったような表情で、僕の腰を指で突いた。あはは。ちょっと怒ったのかな? でも、そういうのも新鮮だったりして。
あ、忘れてたけど、月一の定期検査があるんだった。うん。手術後の経過観察ね。
毎月、病院に行って、CTを撮ったり、病理検査をしたり。
今回は腰やお尻に太い注射を打たれて麻酔をかけて、体をいじくられたよ。ほんと、憂鬱。痛みにも堪えないといけないし。いつまで続くんだろうな、これが。
普段もあまり腰に負担をかけ過ぎると、やっぱり少し痛む時もあるし、朝起きると足の感覚が鈍い時もあったりする。
こんなんじゃ、もし結婚しても子供は作れないかも。とりあえず騎乗位しかできないな。いや、下ネタじゃなくて真面目な話なのよ、これは。
「おはようございます」
出勤した僕は、そんな想像をしながら会社の玄関で靴を履き替えていると、廊下にいた沢田さんが僕に挨拶した。
昨日の検査は久々に痛かったんだよなあ。
「昨日、まじでやばかったっす」
「何が?」
「検査しに行ったら、お尻からマシンガン撃たれました」
「え?」
「死ぬかと思いました。沢田さんも一回経験してみてくださいよ」
「そんなの、僕は嫌だよ」
ああ、こんな病気持ってない人が、羨ましいなあ。
すると、沢田さんは僕の隣で一緒に歩いて、僕に腕を絡めてきた。
ん? どうしたの?
でも、何だろう。なぜか、僕の体と腕の隙間に彼の腕が挟まると、少し安心できる感覚が湧いているのに気が付いたんだ。
僕の心の中の隙間を埋めてくれるような。
この漠然とした不安に、寄り添ってくれそうな。
ちょっと恥ずかしかったけど、その時の僕は笑顔になっていたことを自分でも気付いていたんだ。




