九
[前回までのあらすじ]
北村は丸っこい顔でぽっちゃりとした体。なぜか一緒にいて安心する。
僕は北村への想いが自分の中に芽生えているのを確信した。
[登場人物紹介]
沢田 主人公の男性。北村のことが好きになってしまった
北村 同僚の男性。ぽっちゃり体型で話好き、あっけらかんとした性格
瀬名 僕より年下の男性。いつも北村とふざけている
坂下 僕より年下の男性。親しみやすい人
塚田 次期部長候補の男性。普段は真面目キャラ
佐渡 沢田と同じチームの女性
木本 沢田と同じチームの女性
山崎 北村と同じチームの女性。面倒見がいい
旅行から帰って来て、僕は北村とはもちろんだが、他の同僚とも距離が縮まったように思えるようになった。
ある休憩時間、いつものメンバーの顔を見かけた僕が近づくと、北村が瀬名や坂下から腰を揉まれていた。北村は、
「やめてちょー」
などと言いながら、体をくねらせていた。彼が冗談を言ったり間が持たなくなったりした時に、二人はボケに対するツッコミのように腰を揉むようになっていたのだった。そのうち、塚田も北村の肩を揉み始め、仕舞いには三人からちょっかいを掛けられていた。僕はその光景を見て笑った。
北村は振り向き、僕に
「沢田さん、助けてくださいー」
と冗談っぽく言った。僕は他の三人に北村とふざけ合う姿を見られるのは恥ずかしかったのだが、そのノリに便乗するように、僕も彼の腰をムニュッと揉んだ。
北村は驚いたように口を開き、目を大きく見開いて、
「沢田さんにもやられたー。僕、悪いことしてないのにー」
と、おどけて言った。その口調は幼い子供のようで愛らしく思えた。それからというもの、僕は談笑部屋で、彼の肩や腰を揉むようになったのだった。
むっちりとした彼の体に触れる喜び。作業着越しとはいえ、好きな人の体に触れられる喜びは、僕の日々の楽しみになっていた。心に秘めた僕の気持ちを伝えることはできなかったが、僕はその行為に満足していた。
ただし、僕が気を許していて口が堅そうな同僚の三人が部屋にいる時以外は、僕はそういう態度は見せないようにもしていた。不要な噂が立つことを避けたかったからだ。
しかし、北村自身は、そんなことは全く気にしていないようだった。朝礼前に社員が集まっている時、彼は僕にニコニコしながら、
「沢田さーん。昨日、面白いことがあったんですよ」
と馴れ馴れしい感じで話しかけてくることがあった。僕は彼のその様子に多少戸惑ったが、そういう時は周囲の視線や耳を気にしながら、僕は素っ気ない態度で彼に接した。
彼は僕と親しくしている様子を他人に見られることを、何とも思っていないのだろうか。
もし僕と彼が、一般的な友人以上の仲だと周囲から見られることがあれば、それは彼も望んでいないことだと思うのだが。
それとも、僕の方が意識し過ぎているのだろうか。僕は今までずっと、周囲の人から素の自分を知られるのを恐れていたし、僕の気持ちを悟られないように常に注意していた。
おそらく後者なのだろう。
同僚の男同士で楽しく話すことに、傍から見ても何も違和感はない。彼は僕に対して恋愛感情もないだろうし、そういう過剰な意識もしていなかったのだろう。僕が北村を好きだということに、彼は気が付いていなかったのだろう。
それと似たようなことが他にもあった。僕が作業台で仕事をしていると、北村がのこのこと近づいて来て、僕にペラペラの一枚の紙を手渡した時だ。
「はい。これ」
「何?」
それは、ある家電製品の広告で、有名な女優が大きく写っていた。
「好きなんでしょ」
彼は、僕が先日の飲み会で言った、好きなタイプの女優のことを誰かから聞いたのだろう。
「何、これー?」
僕は手に持った広告を、彼のお腹へ突き返した。丸いお腹にぶつかって、広告がクシャッと潰れた。
「好きなら好きって認めたらどうですか!」
北村は広告を受け取りもせずに、にやにやと僕を見ていた。
「もお」
なんて無邪気な笑顔なのだろう。僕が本当に好きなのは、北村さん、君なのに。僕は談笑部屋でしているように、彼の腰を指で突いた。
そんなある日、チームで作業をしていると、佐渡が僕に言った。
「沢田さん、北村さんの肩、よく揉んでますよね」
「え?」
「昼休み、二人仲良さそうですし」
「昼休みだけじゃないですよねー」
近くにいた木本も話に加わってきた。
「そう?」
僕は肯定も否定もせずに言った。まさか、いつも肩を揉んでいたのがドア越しに見られていたとは。全く気がつかなかった。気をつけていたつもりだったのに。
「やっぱり、二人は特別な仲なんじゃないですか?」
彼女達は、怪しい目で僕を見ながら、核心をついた質問を投げかけてきた。とっさに、僕は戸惑いを隠そうとした。
「いやあ、彼の肩とかを揉むのは気持ちいいんですよ。みんなも一回揉ませてもらったら?」
「えー。嫌ですよー」
否定をすると、かえって怪しまれると思った。なんとかその場をごまかしたが、僕は女性の勘の鋭さに驚いた。
それを遠くから見ていた山崎が、あとで僕に声を掛けてきた。
「あんたたち、仲良さそうだよね」
「え?」
「あんたと北ちゃんよ」
山崎は、北村のことを北ちゃんと呼んでいた。
「そうですか?」
「北ちゃん、沢田さんのこと、好きなんだと思うよ」
「そうですかねえ」
ちょっとドキッとしたが、僕は平静を保って答えた。
僕は朝礼の時でも、彼と話をする時は周りに僕の気持ちが気付かれないように意識していたつもりだった。しかし、彼の態度でばれたのだろうか。自分では気づかなくても他人からはそう見えていたのだろうか。自分のことは自分自身では見えにくいものなのだろうか。
だが、山崎が今言った、好きという言葉は、僕が考えている意味ではなくて、友人としてという意味なのだろうと思った。
そんなことがあってから、ある朝、僕は廊下を歩いていると、北村が玄関から入ってきた。
「おはようございます」
僕が挨拶した。
「昨日、まじでやばかったっす」
北村は僕に挨拶もせずに言った。
「何が?」
「検査しに行ったら、お尻からマシンガン撃たれました」
「え?」
北村は病院から退院後も、月に一日くらいの頻度で休みを取り、病院に検査をしに行っているようだった。
「死ぬかと思いました。沢田さんも一回経験してみてくださいよ」
「そんなの、僕は嫌だよ」
お尻に大きな注射でも打たれたのだろうか。でも、それを面白可笑しく僕に話してくれた。二人は笑いながら歩いていた。
僕は後ろを振り返り、他の人影がいないことを確認して、彼の太い腕に自分の腕を絡めた。僕のすぐ横に彼の顔があり、きらきらとした瞳は真っ直ぐに前を向いていた。
彼は僕の行為を嫌がることもなく、びっこを引くようにして歩いた。彼の丸っこい体に、僕の腕が触れていた。ふっくらとして、ぬいぐるみのような彼。僕は温かい気持ちになった。
周囲の視線が気になっていた僕も、彼を見るとそれを忘れ、その引力に引っ張られてしまうようだった。




