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16/27

八

[前回までのあらすじ]

 会社の慰安旅行に来た僕は、温泉で北村の裸姿を見ることを楽しみにしていたが、なかなか思うようにはいかないのだった…。


[登場人物紹介]

沢田  主人公。北村への淡い想いを抱いている

北村  沢田の同僚。マイペースで、あっけらかんとした性格

岩谷  会社の部長。イベント事が好きで、盛り上げるのもうまい

 旅館の大広間で宴会が始まった。浴衣に着替えた一行は、地元の海の幸をふんだんに使った料理に舌鼓を打っていた。

 旅館の女将達が次々に料理を運んで来てはお酌をしていて、華やかでワイワイとした雰囲気だった。

 僕は、あまりお酒を注ぎに行くということはしないのだが、宴会も中盤に差し掛かる頃、ビール瓶を持って、一人飲んでいた北村の方へと向かった。

 旅館に帰って来てからお風呂へ行く時間もあまりなかったためか、北村は一人だけ浴衣に着替えることもなく私服姿だった。

 胡坐をかいて座っていた北村の横に座ると、僕は話しかけた。

「お疲れ様です」

「お疲れっす」

「あの、北村さんて、結婚しないんですか?」

「結婚はまだしないですねえ」

 僕がビールを注ぎながら聞くと、北村は笑って答えた。

 なぜ、とっさにそういうことを聞いたのかは自分でもよくわからなかったが、それは僕なりの彼への好意の表現であった。

 そういえば、彼からの年賀状は干支の絵だけが印刷されており、彼の手書きの言葉は書かれていなかったな。僕の年賀状を見て、彼はどう思ったのだろう。彼は僕のことをどう思っているのだろう。


 宴会がそろそろ終わりを迎える頃、会場内に、キャーという女性の声が響いた。

「やっぱり、北村さんもそういうのに興味があるんだね」

 北村という名前に反応して、僕は顔をあげた。数人が北村の周りを囲んでいた。

「俺はお前のことを心配しとったがやぜ。あっちの人じゃないがかってな」

 岩谷はそう言いながら、片手を口元にやり、おかまのポーズをした。僕は料理をつまみながら聞き耳を立てて話を聞いていた。どうやら、北村の携帯電話に男女の性交の様子をダウンロードした動画が保存されていたらしいのだ。

「お前も、普通の男だったってことだな。よかった、よかった」

 岩谷に肩を叩きながら言われて、北村は丸い顔を赤らめて照れていた。僕はなんとも表現しにくい気持ちだった。やはりまだ社会的に同性愛への理解のハードルが高いこと、そして、北村が異性を好きなのだということ。


 僕達は宴会を終え、各々の部屋へ戻った。その後、部屋ごとに麻雀をするグループ、カラオケへ行くグループ、トランプをするグループなどに分かれて時間を過ごした。僕と北村、瀬名、石黒は、部屋のこたつで暖まりながらテレビを見ていた。岩谷が、僕のカラオケを聞きたいと言っていたことを思い出したが、僕はそういう気分にはなれなかった。

 そのうちに、瀬名は布団に横になって眠り始め、石黒は他の部屋へ遊びに行き、最後は僕と北村だけがテレビを見ていた。


 放送されていたのは、「今世紀、最も売れた邦楽百曲」というようなテレビ番組だった。

 北村は知っている曲が流れると、ふんふんと体を揺らしながらメロディーに合わせて口ずさんでいた。

 僕は恥ずかしくて人前では鼻歌も歌えない性格だったが、彼の楽しそうな姿を見ると、彼の性格を羨ましく思うと同時に僕の心は和んだ。

 会社とは違う非日常の世界で、実質的に好きな人との二人きりのシチュエーションだった。

 カラオケで彼がよく歌う曲が流れると、

「ほら」

と言って、彼は嬉しそうに携帯電話を僕に見せ、メモリーに保存された同じ楽曲をシャカシャカと鳴らしてくれた。

「いいな」

 僕は心の中でそう思った。彼の人懐っこさ、子供のような笑顔は、落ち込んでいた僕の心を優しく包んでくれた。僕は彼に話しかけることもほとんどなかったが、テレビの画面よりも、彼の横顔を眺めている時間の方が多かった。

 彼を眺めながら僕は思った。

「この感覚は何だろう。僕はいつも周囲の視線や空気を読み取ろうとして生きてきた。しかし、彼にはそんなことを気にする必要もない。何でも受け入れてくれそうな安心感だ。」

 こんな人は僕にとって初めてだった。

「この人になら、素の僕を見せてもいいのだろうか。」

 僕は自分の周囲の壁を溶かしてくれそうな北村の不思議な魅力に引き込まれていった。


 ふと気づくと、いつの間にか僕の男性器は下着の中で大きく勃起していた。僕はこたつ布団の中へ右手を入れ、彼に悟られないように、それをゆっくりと上下にさすっていた。

 僕の中の彼への気持ちに、自分自身で確証を得た瞬間だった。

 いつの日か芽生えた僕の気持ちは時間とともに成長し、隠し切れないほど大きくなってしまっていた。旅行前から一緒に彼とお風呂に入る妄想をしていた僕は、右手の動きを続けながら、彼のふくよかな体に抱きつきたいという衝動を堪えていた。

 彼の気持ちがどうであれ、もし二人きりだったなら、僕は行動を起こしていたかもしれなかった。しかし、部屋には他の同僚が眠っており、見られたらまずいという理性の方が僕を押しとどめていた。


 何時くらいだったのだろうか。僕は皆がまだ騒いでいる中、先に布団に入って眠っていたが、何かの物音で目が覚めた。

 僕は目だけを動かして暗い部屋の中を見渡すと、何人かが寝息を立てている中、ひとつの人影が動いていた。

 北村だった。廊下から漏れ入ってくる光でその様子を見ると、彼はパンツ以外何も身に着けていないようで、そのボディラインが淡い光に反射していた。

 彼は服を脱いで、壁から下がったハンガーに自分の服を掛けて浴衣に着替えていたのだった。

「どうしたんだろう。お風呂に入ってきたのかな。でも、何でこんな時間に?」

 僕は朦朧とした意識の中、そんなことを考えていた。しかし、僕は予期せぬ形で彼の裸の後ろ姿を見ることができた。

「綺麗だ」

 僕はまるで夢でも見ているかのように、その体の線の美しさに見とれた。

「あれは現実だったのだろうか、夢だったのだろうか」

 僕はひと眠りした後、そんな思いの中、また目が覚めた。そして、まだ皆が寝静まった薄暗い中を起き上がり、トイレへ行った。それから、幻想的な彼の後ろ姿を思い出し、彼への想いを弾けさせた。




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