七
[前回までのあらすじ]
僕は昔を思い出しながら、バスに乗った。
会社の慰安旅行が始まった。
[登場人物紹介]
沢田 主人公。北村への淡い気持ちを抱いている
北村 同僚の男性。マイペースで我が道を行くタイプ
瀬名 同僚。海外旅行好きの男性。北村と仲がいい
石黒 同僚。気がきくタイプ
バスに揺られて数時間、一行は途中のステーキ店で昼食を食べ、旅館に到着した。
海岸沿いにそびえ立つ老舗旅館。ロビーは茶色で統一された重厚な雰囲気が漂っており、たくさんの人が行き交っていた。
宿泊する部屋は喫煙者と禁煙者で分けられ、僕は北村や瀬名ら五名と同じ禁煙者が集められた大部屋に泊まることになっていた。
部屋につくと、各々が荷物を部屋の隅に置いた。瀬名が障子を開けると、そこから、素晴らしい景色が飛び込んできた。青い空と碧い海のコントラストが際立っていた。
「いい景色ですね。」
「うん。」
僕と瀬名は言葉を交わした。
「そういえば、瀬名さんは海外旅行が好きだったよね。ホテルとかはどうしてるの?」
石黒が聞いた。
「海外に行く時は、何も予約せずに全部現地で、ですね」
「えー。そうなんだ」
「怪しい事件に巻き込まれないでくださいよ」
北村が瀬名を茶化した。
会話をしながら、石黒がテーブルの上に用意されたポットで茶碗に人数分のお茶を注ぎ始めた。彼は社内でも一番気がきく存在だった。
「みなさん、お茶入れましたよ」
石黒が言った。
「ありがとうございます」
「サンキュー」
僕達は畳の上に座り、お茶を口に含んだ。
「落ち着くね」
「この後、どうします?」
「宴会は何時でしたっけ?」
「六時だね」
「四時から入浴できるらしいから、幹事は先に風呂に入ってくれって言ってましたね」
僕は、瀬名や北村以外の人とはあまり喋ったことがなく、やや緊張してみんなの話を聞いていた。
「北村さんは、この後どうするんですか?」
瀬名が聞いた。
「俺は七福神巡りに行ってくる」
「何ですか、それ?」
「そういうのがあるんですよ」
北村が答えた。雑学好きで、我が道を行くタイプの彼らしい行動だった。
その後、結局北村はひとり外出し、残った五人でこたつに入ってテレビを見ながら、あれこれ雑談して時間を過ごした。
四時を過ぎ、皆お風呂へ行く準備をしていた。
僕は、鞄の中の着替えを取り出しながら、小さい頃のことを思い出していた。
小学生の頃は、宿泊学習でお風呂に入る時間がとても嫌だった。体を見られるのも恥ずかしかったし、小学校の高学年にもなると、陰毛が生えている、生えていないという話題で、クラスメイトの男子は大騒ぎしていた。そういう子たちは、引率の先生の大人のものを見ては騒ぎ、同級生で発達の早い子を見つけては、みんなに言いふらしていた。
僕はそういうグループには絶対に入れない性格だった。僕は恥ずかしがり屋だったし、そうでなくとも発達が遅く、引け目を感じていた。
そういうコンプレックスがあったためであろうか、僕はいつの頃からか、学校でトイレに行くのにも勇気が必要だった。僕は同級生に自分の生理的な姿を見られることに抵抗があり、その狭い空間で隣の同級生と何を話せばいいのかわからないことも恐怖だった。
したがって、僕は休み時間は同級生が使っているトイレで用を足すことはせずに、わざわざ遠くの教職員用のトイレへ行っていた。
また、友達と外で遊んでいる時、他の子たちは道端に並んで、いわゆる立ちションをすることがあったが、それも僕にはできなかった。
それらは、僕の心に入って来られることに似た恐怖だった。
そんなコンプレックスや恐怖は、大学を卒業するまで続いた。
大学の同期の友人からは、
「お前、いつトイレに行ってんねん」
「ロボットか?」
と冗談交じりに茶化されたこともあった。
僕自身も、十年近くよく続いたなあと思い出しながら、自分に感心した。
しかし、環境が変わると自分も変えられるようで、就職して社会人になり、寮に入ってからは次第にコンプレックスも克服できるようになった。
トイレや風呂が共用だったのもあるかもしれない。風呂で自分の体を見られることにも抵抗感はそれほどなくなった。いや、むしろその頃は、同性への興味が高まり、風呂で裸体を見ることが楽しみの一つでもあった。
その会社にはラグビー部があり、寮にもラグビー部に所属している社員が何人かいた。ラグビー部員はやはり体格もがっしりしていて、胸板も厚かった。脱衣所で見るその逞しい肉体に、僕の目はいつも奪われていた。
そして、そんな性癖は、今回の旅行においても僕は密かに抱いていた。そう、北村の裸体を見られることにワクワクしていたのだ。普段は作業着姿の彼を見て、あの体に触れたいと思っていたが、今日は一糸纏わぬ彼の裸が拝めるのだ。それが僕の今回の旅行のハイライトと言っても過言ではなかった。
だが、入浴の時間になっても、北村は宿舎に戻って来なかった。
「北村さん、まだ戻って来ないね」
「風呂、先に行っちゃうか」
僕達はカランコロンと、各部屋に備えられた下駄を鳴らして風呂へと向かった。僕はその集団の最後尾に位置しながら、自分の思い通りにいかなかったことに、内心、チェッと思っていた。
湯船で温まり、脱衣場で浴衣に着替え部屋へ戻ってくると、北村が丁度帰って来ていた。
「あ、北村さん。お帰り」
石黒が言った。
「ただいま」
「お風呂入ってきたら?」
「後でいいよ」
北村は片手にお土産袋を持ちながら答えた。
僕は平静を装っていたが、好きな人の裸が見られるという願いが叶わなかったことに少々落胆していた。




