六
[前回までのあらすじ]
いつの間にか、北村に惹かれ始めていた僕。
年が明け、社員旅行の日が近づいていた。
[登場人物紹介]
沢田 主人公。内気な男性。北村のことが気になっている
優ちゃん 沢田の二歳年上の親戚
勝ちゃん 沢田と同い年の親戚
由香さん 優ちゃんの妹
武史 沢田の一つ上の兄
北村 沢田の同僚。話好きであっけらかんとした性格
僕の父は四人兄弟で、どの親戚も県内に住んでいた。父親が長男だったため、小さい頃は新年やお盆休みになると、各家族が家に集まって食事をしたり遊んだりして過ごしていた。
その頃から遊んでいた同年代の親戚も、今では、ちらほら結婚して子供が生まれた人もおり、全員が集まるということは少なくなった。ただ、今年は若手で新年会をしようということになり、僕達はショッピングセンターのレストラン街に入っている居酒屋に集合した。
みんなに声を掛けたのは、僕より二歳年上で最も年長の優ちゃんだった。彼はすでに家業も継いで子供も二人いた。
「ひろっさん。ビールでいい?」
「あ、はい」
優ちゃんは、僕のことを、ひろっさんと呼んでいた。
隣にいる僕と同い年の勝ちゃんも家庭を築いており、独立して店を開いていた。
こうして見てみると、優ちゃんも勝ちゃんも、僕の兄の武史も、長男というのは結婚の意識が強いのだろうか。全員が既に結婚していた。
「武さん、仕事はどうなん?」
「まあ、ぼちぼちかな」
「外資系は給料良さそうだよね」
「いやあ、そんなことないよ」
兄は僕より一つ年上で、外資系の企業で働いていた。
九人いる親戚の中で、三十歳を越えてもまだ結婚していないのは、僕と優ちゃんの妹の由香さんだけだった。それを思うと、何かわからない焦燥感が湧いてくるが、こればかりはどうしようもない。今の僕には結婚する気もないのだから。
宴会も盛り上がって、みんながワイワイとやっている時、僕の傍に珍しく兄が座った。
実家以外で兄と一緒に飲むなんてことは、僕が学生の頃に一人暮らしをしていた時以来だろうか。しかし、兄は僕が最も聞かれたくないことを聞いてきた。
「お前、結婚せえへんのか」
兄も僕も関西に住んでいたことがあるので、会話はたまに関西弁になった。
「うん。まだいいかな」
「お前さ、もしかして、ホモなんか」
他の人には聞こえないようにして僕に聞いた兄にはそれなりの配慮があったのだろうが、僕は、一瞬、戸惑った。
「え。ち、違うよ」
慌ててしまっただろうか。予想していなかった質問に、少しどもってしまったかもしれない。
「ふうん」
兄は、結婚しようとしない僕を心配したのはわかるが、こんなにストレートに聞かれるとは思っていなかったし、そんなことは初めてだった。
僕は咄嗟に否定するしかなかったが、もし僕が肯定していたらどうなっていたのだろうか。兄は僕の相談に乗ってくれたのだろうか。
一般的には、ホモという言葉には差別的な意味もあるとされるが、僕はどちらでもよかったし、ゲイという単語も、僕自身、まだ慣れてはいなかった。ただ、友達からそういう言葉を言われていじめの原因になったりすることも聞いていたので、僕は悲しい思いを持っていた。
結婚しないと一人前じゃない。そんな空気がこの社会にはある。たしかに、異性と共に暮らし、子供を生み育てることには、社会的な価値もあるし、それが常識なのだろう。
ただ、それ以外の人を見下したり、差別的な目で見たりすることに、僕は違和感を禁じえなかった。
枠からはみ出た者を、優しく包んでくれる社会があるといいのだが。みんなに挨拶して、僕は少し寂しい気持ちで家路についた。
会社が始まり、正月気分が抜けた頃、会社の慰安旅行の日になった。会社へ着くと、玄関前に大きなバスが一台停まっていた。
「おはようございます」
旅行会社の女性添乗員が僕を迎えてくれた。バスに乗り込むと、一番後ろの席で、サングラスをかけた岩谷が誰かと会話していた。後ろの方の座席を回転させて向き合い、すでに数人とビールを飲み始めているようだった。
「おう。沢田。おはよう」
岩谷が声をかけてきた。
「おはようございます」
僕は挨拶すると、一人、シートに座った。
小さい頃から、僕は遠足に行く時のバスは実は苦手だった。誰と隣に座ればいいか、わからなかったからだ。学校へ一緒に登校する友達はいたが、大勢の友人と騒ぐのも好きではないし、いつもつるむような友人はいなかった。
同様に、僕は遠足や修学旅行の時の班決めも嫌いだった。いつも仲の良い友達がいる人はすぐに班を作るが、一緒の班になろうと言えるような友人が、僕にはいなかったからだ。
もし友人にそのように言えば、きっと一緒の班になってくれていたとは思う。だが、僕は何故か相手に悪いかなと気を使い、どこか遠慮していた。
いじめにあっていたわけでもないし、嫌われてもいなかったが、当時の僕は少年ではありえないくらいの繊細な心を持っていたのであろうか。
そうやってまごまごしている僕に、
「さわちゃん、こっち、こっち」
と言って、友人が手招きしてくれた時、僕は受け入れて貰えた感激で、とても嬉しかった。いてもいいんだと思えた。
高校生や大学生になると、一人や二人は親友と呼べる人物がいてもおかしくはないが、僕にはいなかった。作ってこなかったという表現の方が正しいのかもしれない。
他人に知られてはいけない僕の性的指向を隠している時点で、何でもさらけ出せる親友の存在はありえなかったのだ。僕は友人との会話で、僕の心の中に入って来ようとすることに無意識で抵抗していた。
大人になり、僕の疎外感や周囲への拒絶感もだいぶん和らいだとはいえ、この会社で気を許せそうな人は、まだ北村以外にはいなかった。
北村は、僕がいつ傍へ行っても楽しそうに話をしてくれるし、彼となら僕も何を話そうか困ることもない。僕は話好きの彼を見ているだけで安心できた。
しかし、もし彼と一緒に座ったとして、同僚に僕の気持ちを感づかれることは避けたかった。そういった余計な気を遣うよりは、僕は一人を好んだ。
ある調査によると、セクシャルマイノリティーは人口の五パーセント程度いるという数字を見たことがある。もしそうなら、クラスに一人か二人、また、同じ学年の中には数人いたことになる。遠足や修学旅行の時に、僕と同じ思いを抱えた子が同学年にもいたのだろうか。
僕は窓から外を見ながら、ボーっと考え事をしていた。エンジンが一度噴かされ、外の景色がゆっくりと動き始めた。




