第4章 繭と輪①
空河は冷蔵庫から麦茶を取り出していると、テーブルの上のスマホの通知が光っているのに気が付いた。
音環、という表示をみた空河は、バンド連絡でもないのに珍しいな、と思いながらラインを開いた。すると、
『門亜が子育てで悩んでいるんだけど、相談に乗ってくれない?』
とあったので、空河は飲みかけていた麦茶を吹き出しそうになった。
……誰が誰の子を育てているって?音楽と機械しか興味がなさそうな門亜が??で、誰の子???文字のやり取りだけじゃ……埒が明かないよ!
空河は慌ててスマホをとると、音環に電話をかけた。すると、音環はすぐに出た。
「ラインの話、一体何?!門亜に隠し子?何が起きたの!」
最後は絶叫に近くなった。音環は慌てて「落ち着いて」と空河をなだめた。
「空河、落ち着いて。門亜が育てているのは小学校3年生の男の子。隠すなんて器用なこと出来ないよ。もう。話すと長くなるからまとめて言うよ」
音環は、それでも興奮気味の空河を何度もなだめながら説明をした。
桜花が亡くなり、桜花が引き取って育てていた子どもを、今度は門亜が育てていること。
最初、家から出たがらなかったが、最近になってちょっとだけなら出かけられるようになったこと。
毎晩夜泣きをして、起きる時間が遅いこと。
夏休み明け、無事に学校に行けるようになるか心配している。
と言った。そして、
門亜はほかにも色々悩んでいることがあるみたい、と続けた。
「桜花さんって、大河兄ぃがさすまた壊して帰ってきた時の人だよね?」
空河は麦茶を飲んで気持ちを落ち着かせると、記憶をたどりながら音環に聞いた。
「そう。あの後岡山に行ったんだって。で、知り合った人の子どもを育ててたみたいだよ。門亜、玲央くんの様子を見てそっとしておいたり関わったり、それ以外の世話をしているみたい。
俺も最近、玲央くんのこと聞いたんだ。大丈夫かな……というからとりあえず俺から空河に聞いてみる、って言ったんだけど……」
ふぅ。やっと情報に頭が追いついた。空河は一息つくと音環に言った。
「ぶっこむなぁ。明日うちには来れそうかな?よかったら2人、無理だったら門亜だけでもいいよ」
音環の声が少しだけ温度が上がったようだった。
「伝えとく。ありがとう。空河」
ありがとう。それは音環からの言葉に空河には聞こえた。
門亜が玲央くんを心配しているように、音環も門亜が心配なんだね。相変わらずだな、と空河は心の中でつぶやいた。
「アレルギーとかあるの?玲央くん」
「ん-。門亜に聞いてみる。というか、門亜に返事させる」
助かるよ。と言って音環はすぐにも切ろうとしたが、あっ、と小さく思い出したように言った
「俺に出来ること……ないかな……」
……やっぱりね。でもよく音環も我慢してるよ。空河は言いそうになった言葉を飲み込んで言った。
「ん-。今は門亜と玲央くん2人で調整しあっていく時期だからね……。でも、音環は音環でもう『仕込んで』いるんでしょ?相手が受け入れるかはわからないけど、それでいいんじゃないの?」
空河の言葉に、音環はその瞬間、顔が赤くなった。
……空河にはお見通しだ。
それでも、それでいいんじゃないか、の言葉に音環は背中を軽く押されたような気がした。
「来れそうな時間とかも門亜にラインで僕に知らせて。颯と駆もいるから、玲央くんを大人の中に放り込む、なんてことにならないと思うよ。それに、うちの子たちは、お招きだけは得意だから」
空河の言葉に「本当にありがとう」と言って音環は電話を切った。
少しして門亜からラインが来た。メッセージには、玲央くんも一緒に行ける、と書いてあった。
きちんと確認しているんだ、と、メッセージを読んだ空河は感心した。
そして、玲央に歩調を合わせようとしている門亜の姿が見えて空河の口元が少しだけ緩んだ。
――翌日、門亜は昼過ぎに空河の家を訪ねた。玄関に立っていると、空河は慌ててスリッパを出して、あがって、と言った。
「空河、ごめんね。せっかくの休みの日に」
そう言った門亜は、少し眠たそうな顔をしていた。そして、門亜の後ろでは玲央がモジモジしていた。
玲央のモジモジしている姿が、空河には門亜の昔の姿に重なって見えた。
類は友を呼ぶ、か?いやそんなことはないのだろうけど。でも、懐かしいな。
そんなことを考えながら、そっと目線を落として空河は玲央を見た。少しやせているみたいだけど……肌つやはよさそうだ。畳んだ跡が残っている服は、買ったばかりなのだろう。
新しいパーカーは少し大きかったようで、袖をまくっていた。
空河は玲央の目線の高さまでしゃがむと、顔を伏せたままの玲央に優しく言った。
「初めまして。玲央くん。おじさんは門亜さんの友達の空河だよ。……どうぞあがって」
空河の言葉に、門亜が先にあがった。続いて、玲央もあわてて靴を脱いで後をついて行った。
2人はリビングに通された。
「アレルギーはないって聞いたけど、好きじゃない食べ物とかあるかな?」
そう言うと、空河はお菓子とジュースを玲央の前に置いた。
「大丈夫そうだったら食べてね。……改めて初めまして。門亜さんと僕は小学校からの友達なんだよ」
小学校からの友達、に反応したのか、玲央はぱっと顔を上げた。そして空河と目が合うとさっと顔を伏せた。
空河の目には、踏み込まないで、と玲央が言っているかのように見えた。
読んでくださりありがとうございます。
第4章 繭と輪です。この章は3つに分かれます。
閉じこもっていた玲央が、少しずつ外の世界に出だす話になっています。
今回もしんみりとした話ですが、ゆっくりと読んでいただけたら嬉しいです。




