第3章 黒いカーテン③
「おはよう。昨日はお風呂に入らないで寝ちゃったから……シャワー浴びてきたらどうだい?」
ドアが開くと、タオルを体に巻いた男性が出てきて玲央に言った。玲央は黙ってうなずくとリュックの中から着替えを取り出した。そして、タオルを受け取ると、リュックごとシャワールームに入って行った。
玲央は湯船の前で立ち止まった。……どうやって入ればいいのだろう?
しばらくすると、コンコン、と音がしてドアが開いた。そして、男性はカーテンを中に入れた。
「コックはシャワーの方になっているから、このレバーを引けばシャワーが出るよ。湯船に立ってシャワーを浴びる感じだ。俺は部屋で待ってるから、ゆっくり浴びなさい」
そう言うと、静かに扉を閉めた。玲央は濡れていない床にリュックを置くと服を脱いだ。
――朝食後、玲央たちは再び駅に向かった。改札をくぐると、ひたすら歩かされた。そして、昨日とは別の新幹線に乗った。
玲央は、住んでいた岡山は別世界に行ってしまった、と思った。ものすごいスピードで新幹線は進んでいる。景色があっという間に後ろに行ってしまう。
駅にもほとんど止まらなかった。仙台まで、止まったのは1つだけだ。
玲央は、案内で仙台、と言う言葉に顔をあげた。そしてぼんやりと、伊達政宗公の仙台だ、と思った。
一瞬、銅像を見に行きたい、と思ったがそれもすぐに消えた。誰にもあいさつしないで、遠くに来てしまった。玲央の中で、思い出がはがれて落ちていくようだった。
……玲央は少し眠ってしまったようだった。風切り音が止まって、男性が玲央に「ついたよ」と声をかけた。
玲央は、高い建物がほとんどない、ただ広い景色に驚いた。そして、心が寒くなるような気がした。
寒さから身を守るように、心に黒いカーテンをまとった気がした。
食事をしてから行こう、と男性は言うと、ファーストフード店に入った。しかし、玲央は口にしたものがどんな味がしているのか、分からなかった。
再び電車に乗って、一駅で降りると、もうすぐだ、と男性は言った。
そして、古いビルの前につくと「ここだよ」と言った。
階段を上って扉を開けると、目の前に……紫色の口紅をした女の人が立っていた。サングラスをかけている姿に、テレビの中にいる人みたいだ、と玲央は思った。
お兄さんがいると聞いていたけど、どこにいるのだろう……と部屋の中を見回した時だった。
「門亜!」と男性が怒鳴る声がした。思わず玲央は耳を押さえた。昔、聞いた怖い声だ。怒鳴り声の後、しばらくすると必ずママが泣いていたことをふと思い出した。
おそるおそる玲央が顔を上げると……女の人がしょんぼりしていた。そしてサングラスを外すと……お兄さんだった。
目の前の光が一瞬にして破裂したような感覚を玲央は受けた。そして、ゆっくりと思考が停止した。
――再び連れられて、男性の家に着いた。玲央は、自分が機械になったようだ、と思った。一つの段が高い階段をよいしょ、と上った。
玄関の前にもう一つ、玄関がある。まるでコンビニみたいだ、玲央は思った。
それも、靴を脱ぐまでだった。
奥から女性が出てきた。人が多すぎる。一回しか会わない人。これからずっと会う人。……会いたくても会えない人。
玲央の頭の中をいろいろな人の顔がぐるぐる回り出した。そして、そのまま倒れてしまった。薄いカーテンが何枚も重なって……完全に光を失ってしまった気がした。
――そうだ。僕は今黒いカーテンの中にいるんだ。
眠れば……何か見れるのだろうか。でも、眠るとまた、あの変な夢を見る。
玲央はそっと目を閉じては怖くなって見開いた。そして、それを繰り返すうち、眠りに落ちて行った。
青森の夏は岡山に比べて涼しい、と玲央は思った。特に曇った日などは、上着が欲しかった。岡山の射すような日差しが恋しかった。
門亜は、玲央が寒そうにしているのに気が付いて、買いに行こう、と声をかけた。
ところが、家から出たくなかった玲央は、首を横に振った。
これ以上どこにも連れて行って欲しくなかった。玲央は膝を抱えたまま壁にべったり体をつけてむき出しの太ももを温めた。
玲央は、地面の上なのに足が水の中で蹴っているような感覚がしていた。何度蹴っても足が地面に届かない。ふわふわした感覚だった。そして、いったん外に出たら二度と帰ってこれないような気もしていた。
寒い……でも、外に出たくない。玲央は部屋の隅で膝を抱えたまま、何日も過ごした。
また、玲央が朝起きると、枕が濡れているのがとても気持ち悪かった。
時折窓から見る青空は、岡山のように淡くなく吸い込まれそうに濃い青だった。それが一層、玲央の心をひどく冷やした。
岡山に帰りたかった。でも……桜花ママはいない。何度も気持ちが行ったり来たりした。
それでも……ぐるぐる考えているうちに。玲央はカーテンが一枚ずつはがれていくような気がした。バタ足をしていた足に地面が触れるようになった。
カーテンも残り数枚になり、物の形が見えるようになるころだった。
玲央がいつものように寒そうにしていると、じっと見ていた門亜が恐る恐る
「秋物の服を買い物に行こう」
と誘った。かがんで目線を合わせた門亜に、玲央は小さくうなずいた。
読んでくださりありがとうございます。
このエピソードで第3章は終わりです。
ここから、少しずつ玲央と門亜が心を通わすようになります。
もう少ししんみりとした話が続きます。
どうぞよろしくお願いします。




