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継承  作者: 群青 ひら
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第3章 黒いカーテン②

――その後のことは玲央は覚えていない。いつの間にかパトカーに乗っていた。そして、部屋にいたもう一人の男性が、大事なものを纏めておくよう言っていた記憶だけがあった。


ぼんやりしていると、一枚の写真を見せられた。この写真の若い人と一緒に過ごす、と言っていた。


最初のママも桜花ママももう会えなくなってしまった。今度は、新しい人と過ごすらしい。


男性はアパートに着いて玲央を玄関まで送って行くと、別れしなにハンバーガーの入った袋を渡した。そして、明日の夕方に迎えに行くからそれまでに荷物をまとめておいて、と言ってパトカーに戻って行った。


のろのろと、玲央は着るものをリュックに詰め込んだ。そして、宝物箱に桜花の時計を入れると、それもリュックに入れた。タンスの引き出しの中の、桜花の宝物箱もリュックに詰めた。


待っていてももう桜花ママは帰ってこない。


振り向いたら……ごめんね~と言って、桜花ママがドアを開けて入ってくるような気がした。詰め込みながら何度も振り返ったが、桜花ママの姿は見えなかった。


玲央はだんだん、自分の世界が薄い黒のカーテンで閉められていくような気がした。


桜花ママは青森のお墓に入る。と言っていたな。玲央は男性の言葉を思い出していた。


ママは岡山のお墓だけどもう、顔も場所も覚えていない。


青森に行ってしまう桜花ママについていこう、と玲央は思った。


いつの間にか、眠ってしまったらしい。太陽の光が玲央のまぶたの上から照らした。堅い床の上で目を覚ますと、畳が何故かぐっしょりと濡れていることに玲央は気づいた。


今、何時だろう。迎えに来るって言っていたから今日はお休みかな……。小学校にお休みしますって電話しなくて大丈夫かな……。


玲央はパンパンに膨らんだリュックを眺めながら、そっと膝を抱えた。そして、ぼんやりとファスナーのとじ具の数を数え始めた。


何度か数え終わったころ、玄関のチャイムが鳴った。鍵を開けようと玲央が立ち上がると、さっと冷えた風が玲央の心を通り抜けた。


……お別れだ。


玲央がドアの前に立つと、昨日聞いた男の人の声が「迎えに来たよ」と言った。


もう、ここには戻れないんだな、と再び玲央は振り返った。


まだまだ、たくさんのモノが残っていることが気になった。玲央は、大きなリュックには入らなかったんだ、と心の中でつぶやいた。


ドアを開けると、スーツを着た男性が白い箱を持って立っていた。玲央は男性の顔をじっと見て、前日に霊安室にいた人だ、と確認するとぺこり、と頭を下げた。


「さあ、行こうか。部屋の片づけはしておくから」


と言う声が聞こえた。


そして、アパートの前に停めておいたタクシーに乗ると「岡山駅へ」と言う声がした。


「ジュニアシート、ないんですけどいいですかねぇ」


と運転手が言ったが、男性は申し訳なさそうに


「安全運転で、急いでないんで」


と頭を下げた。


駅に行くと、長いエスカレーターを登った。出かける時に乗る電車とは違うホームだった。


少し待つと、新幹線が入ってきた。その姿を見た時、玲央は涙がにじんだ。


今度、新幹線で出かけようね、と桜花ママと約束した、その新幹線だ……。


玲央は被った帽子のつばを深く引いて、顔を隠した。


……凄い音だ。


外を眺めていた玲央は新幹線の風切り音に驚いた。景色は、夕やみに覆われてほとんどがシルエットになっていた。


「ゲーム、持ってるかい?もし退屈ならゲームをしていていいぞ」


男性は言った。すると、玲央はゲームは持っていない、と言った。男性はポケットから見たことのない手のひらサイズのゲーム機を取り出した。


「おじさんの……息子が昔使っていたゲームだ。このボタンを押すと、前に進む。このボタンは飛び上がる。箱の下で飛び上がればコインが出てくるし、前から来るモンスターを飛び越えないとゲームオーバーになる」


そう説明すると、目の前でやって見せた。すると、ああ!やられた!と言ってすぐゲームオーバーになってしまった。


玲央は、もう少し早いタイミングで飛べば越えられそうだ、と思った。


やってみるかい、と男性が言ったので玲央は手を伸ばした。そして受け取ると、黙々とゲームを始めた。


何回かゲームオーバーを繰り返して、やっとステージをオールクリアしたころ、新幹線は東京に到着した。


「青森はここに来るのと同じくらいかかるんだ。だから今日は東京に泊まって、明日青森に行こう。……スカイツリー、行ってみるかい?」


男性は玲央に言った。すると、玲央は首を横に振った。


もう、何を見ても嬉しくないよ。玲央はそう言いそうになって口をつぐんだ。そして、コンビニで買ったサンドイッチを口にすると、早々にベッドで眠ってしまった。


……朝、玲央が光を感じて目を覚ますと、知らない部屋にいることに気が付いた。カーテン以外真っ白な部屋。玲央は慌てて周りを見回した。


シャワーの音が部屋に響いていた。玲央がベッドから降りようとすると、丁度シャワーの音が止んだ。ごしごし、と何かこする音がした。


昔、所用で福島県から岡山県へ車で移動したことがあります。

帰り、高速道路に乗っていると自分が思うよりも早く前に進んでしまい、思い出とまではいかない記憶がどんどん風化して行ったことを思い出しました。

新幹線であればさらに速いスピードで、思い出や自分を形作った記憶が置いて行かれただろうな、と思います。

読んでくださりありがとうございます。

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