第4章 繭と輪②
「一緒にバンドを組んで音楽をやっているんだよ。門亜さんがベースでね。僕がドラム」
……バンド?聞き覚えのある単語に、玲央はまた顔を上げた。
玲央の目に、ほんの少しだけ、白いもやの先で形のあるものが見えたような気がした。そして耳元で小さくはじけたような音がした。
門亜さんもどこかで見た気がするけど……空河さんもどこかで見た気がする。
どこでだったかな……。
玲央は首をこてん、と傾けた。
「音楽は……好き?」
空河は玲央を包みこむような声で言った。玲央はうなずくと、小さな……消え入りそうな声で言った。
「桜花ママが……好きだったから」
「そうなんだ。桜花ママが好きだったから玲央くんも好きになったんだね」
空河の言葉に玲央は小さくうなずいた。
「門亜は玲央くんと音楽の話はしたの?」
空河は目線を門亜に移して聞いた。門亜は少しうつむきながら
「ううん。今日……知ったよ」
とだけ答えた。空河はもう一度、玲央に顔を向けて言った。
「玲央くん、門亜さんに今度ギターを弾いてもらってごらん。大体の曲は弾けるよ。な、門亜」
うちにあるのを貸してあげるから、と空河は続けて言った。門亜は自信なさげにうなずいた。
「ギターなんて、中学校以来じゃないかな……」
それどころじゃないのに、と門亜は言いそうになって言葉を止めた。玲央が聞いている。それどころ、なんて失礼だ。
「まあ、練習あるのみだね」
門亜の気持ちを知ってか知らずか、空河はニコニコしながら言った。
その時、ぱたぱた、と足音がした。リビングがにぎやかなことに気づいたのか、空いているドアの向こうからひょっこりと2つ、頭がのぞいた。
駆と颯が目を丸くしながら玲央を見つめていた。
「「お兄ちゃんだ」」
2人の合わさる声に、玲央の肩が揺れた。少し戸惑った後、玲央はゆっくりと声のするほうに顔を向けた。
目が合った颯と駆は、笑顔になって言った。
「「遊ぼう!」」
そして、うずうずと玲央の答えを待った。
玲央は戸惑いながら、門亜を見た。どうすればいい?と確認しているかのようだった。
「玲央くん、もしよければうちの子たちと遊ばないか」
空河は玲央に声をかけた。
「おじさんは、しばらくここで門亜さんと話をしてるよ。扉は開けておくから、気になったら覗きにおいで」
空河の言葉に、門亜も玲央の顔を見ながらうなずいた。
玲央は立ち上がると颯たちのいる方に向かった。颯と駆は玲央の両手をとると、引っ張って階段を上って行った。
空河は、3人の足音が遠くなるのを確認して口を開いた。
「音環からちょっとは聞いたけど……寝れてる?」
ほんのりと目の下に黒いものが見えることに空河は気づいた。答えを待とう、とジュースに口をつけた時、溶けた氷が作った水の層が流れてきた。
眉をしかめた空河は、門亜のグラスも持ってキッチンに行くと、水の層を静かに捨てて上からジュースを流し込んだ。
「うん。これで大丈夫」
どや、としながら言う空河に門亜は力なく笑った。そして、空河が戻ってくると門亜は口を開いた。
「夜になると思いだすのか……寝ている時に泣くんだよ。どうも、その時に1回起きているようなんだ。そのまま、外に探しに出たら怖くてさ。落ち着いてもう一度寝るまで、ボクも寝れない」
空河はうなずきながら、黙ってグラスに氷を足した。そして軽くマドラーでかき混ぜると、門亜の前にそっと出した。
「ありがとう。それとね。寝れないのがもう一つあって……。あと1~2か月したら、伯父さんの家を出て、どこか借りなくちゃいけないんだ。ずっとお世話になっているわけにいかないしね。
そうすると、玲央くん、また転校することになっちゃうんだよね。伯父さんのところ、近くにアパートないから」
門亜の言葉に、空河は少し驚いたような顔をした。
……引っ越して2人で過ごすことより、玲央の環境が変わることを心配しているんだ。
空河は少し上を向いて、うーん、と考える仕草をすると、あっ、と言う顔をした。そして、確認するように尋ねた。
「引っ越しと転校の件が解決したとして、仕事のほうはどんな感じになるの?」
ん?門亜は突然思考が遮られ、慌てて答えを探した。その答えは決まっていることなのに、記憶の層に埋もれているようだった。
眠くて……だんだん訳が分からなくなってきた。門亜はぼんやりとする頭で言った。
「引っ越ししてからも、しばらくは玲央くんの学校生活のパターンができるまではそれに合わせながら伯父さんの仕事を手伝うよ。
ただ、いつまでもそう言う訳にいかないから、落ち着いたら仕事探すんだけど、多分、伯父さんの知り合いをいくつか紹介してもらえると思う」
門亜はそう言うと、ジュースを一口飲んだ。氷で冷やされた液体が、体に染みわたっていくようだった。
空河はソファーに座りなおすと、少し背筋を伸ばした。そして、じっと門亜を見つめ、言った。
「提案……なんだけどね。今のうちに先に転校しておくのはどうだろう?新学期から新しい学校に通学することになるから、学期途中で転校するよりは負担が少ないかなと思う」
門亜はびっくりしたような顔で空河を見た。先に転校って“その”学区内で上手くアパートが見つかるとは限らなくないか?そんな顔だった。
第4章②です。
空河は小学校の先生ですが、空河のほんわかした雰囲気を書いていたら
「なるほど、音環が空河を選んだのはその雰囲気からだったのか」と思いました。
話を書いていると、キャラクターが自然に動き出す、そのことを感じた章です。
読んでくださりありがとうございます。




