第4章 繭と輪③
「提案……なんだけどね。今のうちに先に転校しておくのはどうだろう?新学期から新しい学校に通学することになるから、学期途中で転校するよりは負担が少ないかなと思う」
門亜はびっくりしたような顔で空河を見た。先に転校って、“その”学区内で上手くアパートが見つかるとは限らなくないか?そんな顔だった。
「うちの子たちが通っている小学校はどうかな。門亜たちが通った小学校だよ。少子化による統廃合で、学区が広がったんだ」
あまりの話に、門亜は口をぽかんと開けた。空河とは中学校も別の学区だったから、相当大きいぞ。
「かなり大きい学区になったんで、遠いところはスクールバスも出てる。アパートがある地区も大分含まれているから、学区内で見つかると思うよ」
その時、空河はぱたぱた、と廊下を歩く小さな音に気が付いた。そして、そっと覗く玲央に手を振った。
「引っ越しが決まるまでは、門亜が送り迎えするようだけどね。……多分、玲央くんにはこっちの小学校のほうがいいかな。
外国籍の……それも、住民登録のない子たちも学んでいるんだ。いつ親と一緒に去っていくかも分からない子たちだよ」
いつ去っていくかわからない子たち……の空河の言葉に、門亜はふとすべっタローを思い出した。久しぶりの記憶との邂逅に、少しだけ胸がうずいた。
「大人側の都合、生きるための都合だからそんなにきれいな話じゃないけど、でも子どもたちは『今一緒にいる時間』を大切にしているよ。関係を続けるには努力がいるって、自然と分かっているみたいだ。
子どもたち同士のけんかも普通にあるけど、お互い違っているのが当たり前だから、玲央くんが自分と他の子と比べなくていいだけ楽かもしれない」
空河の言葉に門亜はうなずいた。空河の柔らかな口調に少しだけ、肩の力が抜けるようだった。
「すべっタロー……」
ふいに門亜の口からこぼれ出た。口にした門亜自身が信じられない、と言うようにはっとした。
門亜の顔を見た空河は、口元がほころんだ。
そうだね……空河は声にならない声でつぶやいた。
「当分は越境になるから、教育委員会を通さないとね。大河兄ぃに言っておくよ。根回ししておく。……そう言えば、すべっタローも同じ小学校だったね。何だか、その小学校全体からすべっタローを感じるなぁ」
柔らかな声が続いた。門亜はまぶたが重くなっていくのを感じた。
ゆらり。
かすかに聞こえるエアコンの音にも、意識が持っていかれそうだった。
頭を揺らす門亜の様子に、空河はふすまを開けて隣の部屋に行くと、押入れを開けて布団を敷いた。
「少し寝なよ。玲央くんは僕が見ておくからさ。子育ては長いんだから、寝ておける時に寝ておきな」
ありがとう……。声にならない声で言うと門亜は立ち上がった。そして、あっと言う顔をすると小さな声で
「後で空河に頼みたいことがあるんだけど……」
と言った。そして、なに?と言う顔の空河の耳にそっと顔を寄せると一言二言ささやいた。空河は笑顔になり、門亜の背中を軽くポン、とたたいた。
空河が敷いた布団にもぐりこむと、門亜はスイッチが切れたように眠りについた。
よっぽど疲れているんだな。そして、このまま2人で生活をするようになったら誰の手も借りないで全部自分でやろうとしてしまうんだろう。
力なく眠る門亜の横顔を見ながら、とりあえず子どもたちの様子を見るか、と空河は部屋を出た。そして、おやつの準備を始めた。
子どもたちの部屋に入る口実の定番だなぁ、と空河の口元がゆるんだ。
……ステップアップファミリーは大河兄ぃが経験者だけど、今それどころじゃないしな。
時期を見て琥太郎ともセッティングをするか。年も近いし、感覚が合えば気持ちも楽だろう。……それは琥太郎が落ち着いてからだね。
空河は菓子皿にせんべいをガサゴソ、と乗せた。
飲み物はジュースがいいかな、と冷蔵庫を開けた時、玄関でチャイムが鳴った。
こんな時に来客?怪訝な顔をした空河がインターホンのモニターを覗くと、宅配便の帽子が見えた。
そういえば、奥さんに荷物の受け取りを頼まれていたな、と思い出した空河はインターホンに答えた。
「すみません。今行きますね」
空河の声に、硬い顔をしていた配達員はほっとした顔になった。
渡された荷物は意外に大きかった。しかも重かった。これ、不在で持ち帰る、となったら顔が硬くなるよな……インターホン越しに見た配達員の硬い顔を理解した。
で、このでかいの何?空河がまじまじと箱に書かれた文字を読むと「静音健身車」と書かれていた。脇に書かれていたイラストでエアロバイクだとわかった。
……後で僕が組み立てるようだな。
空河は苦笑した。そしてハッとした。
……これ、どっちが使うの?僕?奥さん?
空河の脳裏には小柄で細身の妻の姿が浮かんでいた。……五分五分で僕の可能性もある!そんなに給食食べすぎたかな……。空河はしょぼんとした。
これ、玄関に置いておけないな。空河は「よいしょ」と再び持ち上げると寝室の前の廊下に移動させた。そしてキッチンに戻ると、トレイに菓子皿とジュースのペットボトルを乗せて、足音を忍ばせて階段を上った。
ドアの前に立つと耳を澄ませた。すると、にぎやかなはずの子ども部屋は静まっていた。
本でも読んでいるのかな?と思った空河は、ノックをした。いつもなら「いいよー」と返事をする子どもたちの声がなかった。
「入るよー」
ドアを開けると部屋の中はもぬけの殻だった。
……どこに?まさか、庭から外に?空河は慌てて階段を降りると、庭に出る部屋へ向かった。その部屋は門亜が寝ているが……あの様子じゃ、子どもたちが通り抜けても門亜は気づかないだろう……。
恐る恐る開けっ放しのふすまから部屋を覗いた空河はほっとした。
玲央が門亜の布団に入って眠っていた。門亜も、無意識のうちに玲央を抱き寄せ、一つの繭のようになって眠っていた。
そして、その隣では颯と駆が大人しく本を読んでいた。
「玲央くんが帰ってこなかったの」
「そう、だからぼくたち探したの」
空河は両手で2人の頭をなでると、ありがとう、と言った。そして、手を握り合いながら眠っている門亜たちに
「しっかり家族になりつつあるじゃないか」
とつぶやいた。
「静かに寝かしておいてあげよう。おいで」
空河はささやくように颯と駆に言うと、一緒に部屋から出た。そして、
「多分うまく行くよ」
と誰に聞かせるでもなく言うと、空河はリビングのソファーに静かに腰を下ろした。
読んでくださりありがとうございます。
この章はこのエピソードで終わりです。
門亜が空河に頼んだこと……それは次の章で明らかになります。
話の空気感を保つために、匂わせになってしまい申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いします。




