第18章 終章 継承―2①
空は雲一つなく晴れていた。白いベールが薄く覆い隠すように、力強い青空が後ろに控えていた。
音環たちは、街なかの花屋で白い百合と小さなひまわりの花を買った。玲央に、ママの好きな花を聞いたが……大分昔のことなので覚えていないらしい。
仏花も売っていたが玲央は嫌がった。死んだ人の前に供える花みたいだ、と。確かに、色味が落ち着いていて、悲しみを誘うようでもある。なら、と玲央が保育園の時のクラスを聞いてみた。
ひよこやぞうじゃないといいな……と思っていたら、幸い年中でひまわり、年長で百合と言った。それより小さい時のは覚えていないらしいが、2つも出れば上等だ。
幸い、店先で百合とひまわりがみずみずしく咲いていたので、少し大きめの花束にしてもらった。
「なんか、調べたら、お供えはカラスが食べるから持ち帰る必要があって、お線香は消えるまで立ち去れないんだって。花束はさしたままでいいと言うから……」
汚れるから花粉は取ってあるよ、と門亜は言った。
墓苑に着くと、門亜はメモを片手に進んでいった。その後ろを花束を抱えた玲央と翔大がついて行く。翔大に持とうか、と音環が言ったが首を横に振って玲央の後をついて行った。
墓苑を少し登ったところに、合祀の墓石が見えてきた。
「ここだよ」
門亜は玲央に言った。
墓石の周りは丁寧に草が刈り取られていた。ただ……訪ねる人がいないのか、花が供えられた様子はなかった。
無縁仏……音環はその無情な3文字に心が締め付けられるようだった。
玲央に説明をするにはまだ早い。遺骨を引き取ることはもう出来ないが何度でも訪れて、玲央の成長を見せることはできるだろう。縁がないわけじゃない。もう、つながっている。
音環は、墓碑に刻まれた文字を丁寧に目で追い、そして心の中で手を合わせた。
門亜は、花立に水を差すと、花束から包みを外して挿した。青空に、緑の芝に白の百合がよく映えた。そして黄色いひまわりが墓石の冷たさを和らげるようだった。
門亜が手を合わせ、玲央が手を合わせた。続いて翔大が玲央の様子を見て手を合わせた。音環は……心の中で誓った。めぐり合わせていただいたことに対する感謝と、それ以上にして玲央を育てることを。
しばらく祈った後、音環は行こうか、と玲央に声をかけた。すると、玲央は立ちすくむように動かなかった。
……もう少しいたいのかな。離れがたいのかな。時間はあるし、玲央に合わせよう、と音環が近寄って玲央に声をかけようとすると、玲央は震えながら音環に言った。
「僕……青森の家に帰れるんだよね?」
音環は玲央の手を握ろうと手を触れた。……玲央の手は氷のように冷たかった。音環は慌てて抱きしめた。
「もちろんだ。旅行の前にも言ったが、玲央たちの元気な姿を見せて、安心してもらってゆっくり眠れるように、それぞれのママにご挨拶に行こう、だ」
音環は昔玲央にしたように抱きしめて、背中を、頭をゆっくりとなでた。
「何かいろいろと思い出してしまったか……?」
玲央はうなずいた。ぽろり、と涙が音環のシャツを濡らした。
それでも、抱きしめているうちに玲央の体に温かさが戻ってきた。大丈夫かな、車に戻れるかな、と少し離れようとした時、玲央は言った。
「音環さんは、僕の何になってくれるの……門亜さんも……」
その言葉に、まだまだ、子どもの世界は言葉が大事なんだな……音環は思った。
「うん。何にでもなるぞ。パパでも父さんでもなんでも」
後ろでは門亜がうなずいていた。玲央は少し考えているようだった。
「音環……とうさん。小言言うし、校長先生みたいだから」
ぷっ。門亜が吹きだした。すると翔大が言った。
「音環とうさん。おとうさん!」
……なんかいい響きだ。いいのかな?玲央のママの前でこんな幸せな光景。音環はふいに涙がにじみ出そうになった。
「ああ、玲央や翔大のことが大事だから、小言は言うぞ」
くすくす。玲央と翔大の声が音環の耳に聞こえて来た。
「じゃ、ボクは?」
門亜が言った。玲央はうーん、と考えると
「かあさん?」
疑問形で答えた。今度は音環が吹きだした。
「えー。ボク、パパ枠狙っていたんだけどなぁ。うーん。かあさんか……いいかも」
1人で納得しているようだった。
「それじゃ、名前が決まったところで……行こうか。ここにはまた来よう。玲央がこれだけ大きくなったよ、って見せに来ないとな」
玲央はうなずいた。
――玲央が、岡山の海を見に行きたい、と言うので音環は車をそのまま海岸に向けて走らせた。
新岡山港の矢印が見えると、その通りに左折した。左手にフェリーを眺めながらまっすぐ進んだ。翔大は間近に見るフェリーに驚きを隠さなかった。
「大きな船!玲央兄ぃ!人が乗ってるよ!!」
3つもある!と翔大が言うと、玲央は笑って、3隻だよ。と言った。
駐車場に車を止めると、玲央と翔大は駆け出した。ちょうどフェリーが通った後だったのか波が少し高くなって、たぷ、たぷんと不規則に鳴っていた。
海の向こうには島なのか山なのか……幾重にも重なって見えた。
「青森の海に似てる。橋がないけど」
翔大は言った。隣の玲央はただ、うなずいた。
風が優しく玲央と翔大の頬をなでた。潮の香り。ほんの少し湿気を含んだ、包み込むような風の動き。
波が小さな山を作ってたぷたぷ言うようになった。ああ……桜花ママに連れてきてもらった岡山の海だ。
読んでくださりありがとうございます。
第18章 終章 継承ー2です。この章は3つに分かれます。
音環と門亜の呼び名が決まりました。
関わり方も、毎日お世話してくれることも変わらないのに、呼び名だけでぐっと距離が近づくものなんだなと思ったことがあります。
どうか、この家族が末永く幸せであるよう祈ってやみません。




