第17章 継承-1③
「ああ、ありが……」
音環は紙袋から頭を出しているものを見て絶句した。一升瓶が2本いるぞ!
「門亜、そのお酒……」
音環の顔を見た門亜は、わが意を得たり、と言う顔をした。
「へへーん。残念でしたー!これはお店で出すやつ。ボクのはこっち」
と言うと、別の袋から小さな瓶に入った日本酒の瓶を取り出した。
「飲み比べセットだって。音環、家に帰ったら一緒に飲もう。今日はボクもいいかな。子どもたち、お酒臭くなっちゃう」
まったく……一本取られた。音環は苦笑した。門亜の予測のつかない行動に、俺も心が無防備にされそうだ。
「新潟はたれカツ弁当が有名なの?名物、と書いてあったから買ってきたよ。あと鮭の親子丼。半分こしよ」
そう言うと、門亜はがさがさとビニール袋からお弁当を出した。
「こっちはね、子どもたち用。たれカツのお握り。お店の人が教えてくれたんだ。もし寝ちゃって夜食べられなくても、明日の昼間までもつって。あと笹団子も買ったから夜足りなくても大丈夫だよ」
音環は素直に感心した。
さあ、食べようよ、と弁当のふたを使って半分にしたご飯を門亜は音環に渡した。「なかなかシュールな見栄えだ」と音環は思ったが、それも一瞬で、瞬く間に空腹の音環の胃の中に落ちて行った。
お茶を飲み、一息。ちらと子どもたちを見た音環は門亜に言った。
「ちょっと……強行軍だったかな」
少し、後悔がにじむ声がでた。すると、門亜の「僕も共犯だよ」と言う声が返ってきた。
「難しいところだよね。音環、連続の有給が3日しか取れなかったんだし。新幹線だと、玲央が混乱して旅行どころじゃなくなっちゃうよ」
門亜は「もう、仕方ないじゃん」と続けた。
「子どもたちも、与えられるだけじゃなくて選び出しているし。きっと今寝ているのも選んでるの。うん。そう」
門亜の言葉に音環のかたくなになっていた心がほぐれていくのを感じた。肩の力が抜けるようだった。……そうだな……その時のベストを選んでいくしかないもんな。
隣のベッドに移そうと、音環は玲央を持ち上げた。半年前、ひょいと持ち上げることが出来た玲央の体はズシリと重くなっていた。
与えられるだけじゃなくて選び出している……。音環は門亜の言葉を反芻した。
「えっ!ワッフルが朝ごはんにある!」
「卵とソーセージを一緒に食べていいの?」
朝食のビュッフェで、興奮して食べられる量以上にトレイに乗せそうな2人を音環は優しく止めていた。そして
「サラダは必ず食べるんだぞ」
と声をかけていた。……門亜もな。と付け加えるのを忘れなかった。
――朝食後、音環は車を再び走らせた。
長い。新潟県は長い。1時間走ってもどこまで行っても新潟県だった。音環はいったいどこまで続くんだろう、と内心げんなりした。
それでも、玲央たちはまだ青い稲穂が風に揺られ、きらきらと光る姿や突然現れる海や荒々しい岸壁に、感嘆し、感想を言い合っているようだった。
案内に春日山、の文字が見えた。
「上杉謙信の居城かあ……。」
音環がつぶやいた時だった。
「上杉謙信!」
後ろの席に座った玲央が食いつくように反応した。
「上杉謙信、好きなのか?」
と音環が聞くと、玲央はうなずいた。
「戦いの時にね。自ら切り込んでいくんだよ。それがとてもかっこいい!」
それにね……と続けた。
「ライバルの武田信玄が困った時、塩を送ったんだって。義理に厚いんだって!」
興奮気味に語る玲央に、音環はカーナビの地図を見てふと思いついた。1時間くらい寄り道になるが……。
「1時間くらい寄り道になるが、春日山城、行ってみるか?」
「えっ!いいの!」
運転席の座席を握って玲央が乗り出してきた。いいか?と音環は隣の翔大とミラー越しに門亜に聞いた。
上越インターが見えてきた。音環はウィンカーを左に出すと、流れるように高速を降りた。そして、案内板を見ながら春日山城を目指した。……15分もすると、春日山城へ案内する看板が連続して見えてきた。
山の中腹にある駐車場に車を止めると、音環たちは車を降りた。
「城跡までは、ここから10分くらい登るみたいだ」
スマホの情報を見ながら音環は言った。門亜はカバンから虫よけを取り出すと玲央たちの腕や足にスプレーを吹きかけた。
「競争だ!」玲央は駆け出した。翔大も笑顔で駆け出した。
「おーい、転ぶなよー」
音環は走り出した2人に声をかけた。
「……意外だったな。玲央、上杉謙信が好きだったんだ」
音環は感心した。
「案外、他の武将も詳しいかもね。たまにね、本屋に連れて行ってほしいって学校の帰りに頼まれるんだよ」
そうなのか……。音環は自分の知らない玲央の姿にほんの少し寂しい気がしたが、城跡に向かって走っていく背中を見て、いとおしさを感じた。
音環と門亜がゆっくり歩いていくと、疲れたのか先を行っていた玲央と翔大が、足に手をつきながら登っていくのが見えた。
「見た時はあんなに近くに見えたのに……」
玲央がつぶやいた。
「迷路みたい。しかも狭くて……。落ちそう」
追いついた音環が笑いながら言った。
「敵に攻められないように出来ているんだよ。狭くなってきたということは……あともう少しだ」
口で息をしていた玲央がうなずいた。
もう少し……もう少し……。突然、平らな場所に出た。少し上を見ると、まだ先へと道が続いていた。ここを登って生活していたんだ……。玲央の心臓は大きく音を立てた。
第17章③です。
春日山城は移動中、昼休みの時間を使って行ってきました。
時間の都合で上まで上ることは出来ませんでしたが、ふもとの資料館で御城印を頂いた思い出があります。
僅か4~500年前はこの山から関東や長野へと遠征し、そして戻って来たんだ、と想像するとその時代の人のエネルギーにただただ圧倒されます。
読んでくださりありがとうございます。




