第16章 閑話休題 再会②大河からの呼び出し
翌日。音環は玲央たちに遅い朝食を食べさせると門亜を起こした。
「今日、来るんだろ?」
ママ友、と言う音環の言葉に「うーん、そうだった。お昼の後に……」と、門亜は目をこすりながら起き出した。
「水出し紅茶、冷蔵庫に入れて作っているから、来たらそれ出してあげて。お菓子とかは……市販のでよかったんだよね?」
門亜はうなづいた。音環、まめだなぁ。門亜はまだはっきりしない頭で
「いつもありがとうね。音環」
とお礼を言った。
「いや……学校のこと、すべて門亜に任せちゃっているから……こちらこそありがとう。出来ることがあったら言ってな」
そう言うと、音環は玲央と翔大に言った。
「俺……今日ちょっと大河先生に呼ばれているから行ってくるね。門亜をよろしく」
すると、音環の言葉に玲央は直立不動の形になって
「分かりましたであります!」
と、ちょっと前にはやったアニメのキャラクターの口調で返した。おおお。なんか懐かしいぞ。音環は口元が緩んだ。
「で、あります」
翔大も玲央の真似をした。ああ……俺、もう、幸せ!
行ってくるね、と手を振り玄関を出た。そして、ガレージから車を出すまで……笑みが止まらなかった。
この喫茶店は……7年ぶりだな、と大河は思った。前に来た時、静かで会話を邪魔しない、と記憶していた。よく音環はこんな店を知っているな、と思ったのを覚えている。
……カズヤと門亜と4人で、すべっタローが消えたことについて話していたな。
だからこそ、今日はここで話したかった。
大河はコーヒーを頼んで少し待っていると、音環が入ってきた。大河は軽く片手をあげて音環を呼んだ。
「待たせたねー。何か頼んだ?」
との音環の問いに、コーヒーだけ、と大河は答えた。
「ナポリタン、頼んでおく?」
ナポリタンは……今週だけでもう2回食べている。給食と、門亜のおかずのタッパーで。正直、ケチャップは避けたかった。
「いや、別の……」と言うと「今日のサンドイッチだけど大丈夫?」と返ってきた。大河はうなずいた。
「マスターに言ったら、パンをこれから焼くんだって。何だか、朝、焼き忘れたみたいだよ」
「他にないのか?」
大河はメニューを開いた。そして一瞬で理解した。
色紙を二枚合わせたようなメニューには
・紅茶(ストレート/レモン/ミルク)
・コーヒー
・ナポリタン
・サンドイッチ(アレルギーがあったらお伝えください)
の4つしかなかった。
今日はゆっくり話したいし……。
「サンドイッチを」
大河の返事に音環はカウンターへ向かうとサンドイッチを2人分、注文した。
音環の動きはいつにもまして軽やかだった。
大河は音環の動きに柔らかさがあるのを感じた。以前はこう……無駄のない、隙のない動きをしていた気がする。そして四六時中何かをしていたと思う。何もしていなくても……本を読んでいたり何かを考えていたり。それが……。
「何かいいことあったのか?」
大河がそう言うと音環は途端にふやけた。
「いやさ……玲央と翔大がもうさ……。今日出かける時に門亜をよろしくね、って言ったら、小さなナイトになっててね」
出がけの光景を思い出して、にやけが止まらなかった。
「懐かしいアニメのキャラクターの真似をして『分かりましたであります!』って。それで翔大も真似するんだよ。かわいくてかわいくて……」
てれん、てれんと右に左に軽く揺れる音環を見て、文句を言おうと思っていた大河のガスが抜けた。あの、怨霊が実体化した、特級呪物そのものの音環が、ここまでデレデレになるとは。
コーヒーが運ばれてきた時も、音環は笑顔でウェイターから受け取っていた。もう夏だと言うのに、目の前の男は春をまとっている。
……何を言おうとしたのか忘れたよ。まずはここはとりあえず……。
「琥太郎の件では世話になった。あと……おめでとう。それ、言ってなかったよな」
大河の言葉に直前までにやにやしていた音環は真顔になった。おめでとう、とは?家族が増えたこと?それとも。
「気づいていたのか?俺のこと」
目つきが……いつもの音環に戻っていた。
「ああ……前に、俺は言ったろ。お前たちは片翼の鳥だ、とな」
そう言えばそんなことを言っていたな……どういう意味か、分からなかったけど。
「どういう意味だったんだ?」
音環の言葉に、大河は軽くため息をついた。
「片方が墜落すればもう一方も墜落する。お前たちからはそんな空気が出ていたんだ。昔は……すべっタローと音環で門亜を支えていたようだったが、すべっタローがいなくなって分かったんだ。
音環、お前は門亜を支えることで支えられているんだ、とな」
大河には……何でもお見通しだな。あんなに俺が門亜に言うまでに時間がかかったこと、まるで参考書をすらすらと解くように解説している。
「それで……その……」
突然、大河が言い淀んだ。一瞬音環から目線を外した。……聞いていいのかどうか、迷っているように見えた。
「俺と門亜の間に恋愛感情があるかないかってこと?」
音環はコーヒーを一口飲んだ。あ、今日のはほんのり甘い香りがする。
「多分、ないんじゃないかな……俺も分からないんだ。ただ、時折嫉妬のような、うずっとする感覚はあるよ。でもね。いつかは向き合うんだろうけど、今じゃない」
ふーん。そんなものなのか?大河はつぶやいた。
「玲央と翔大の成長が早いからね。その気持ちは何なのか、確認すらしている時間が惜しいよ」
そう言うと、音環はコーヒーを飲み干した。
「そう言えば、門亜が大河のこと『なんでいつも意地悪するんだろう』って怒ってたよ」
音環は、2杯目のコーヒーに口を付けた。……あ、今度はシナモンの香りがする。
「意地悪……か。まあ、門亜を見ていると空河を見ている気になるからな」
「空河に?」
「ああ……特に危なっかしいところとか……」
そこでいったん切ると、大河は息を吐きだした。そして、音環の目をじっと見ながら
「昔、空河は誘拐されかけたんだ」
と言った。
えっ。
音環は持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。音環の動揺を大河は目線で射抜くかのようだった。
「学校帰りに、お菓子をあげるから……と言われてついて行くところを、俺がたまたま見つけたんだ。あいつはよく、近所のおばさんたちからお菓子をもらっていたからな……おかしく思わなかったんだろう」
大河は冷えたコーヒーで口を濡らした。
「毒の入ったお菓子を渡されなくてよかったよ。それからだ。うちのジ様とバ様が空河の帰りが遅いとそわそわするようになったのは」
帰りが遅いとジ様とバ様が探しに出る。それはよく聞いていた。まさか、空河が誘拐されそうになっていた、なんて……。
「まあ、それは小学校の低学年の時だ。ただあいつもな……食べ物をよく引き寄せるんだよな……。結婚するって聞いた時、納得したよ。あいつの嫁さん、ご飯が本当においしいんだ。
さすがに、20代の時、門亜の家に入りびたってご飯をごちそうになっていたのには俺もひいたが」
ああ……あの話な。聞いた時は疎外感と嫉妬で聞いていられなくて席を外した……やつな。門亜の母さん、門亜があまりにも何も言わないからご飯をダシに空河から聞いていたらしいが。
年度明け、4人で逢いに行った時の門亜の両親の顔を思い出した。事前に伯父から門亜の両親に話してくれていたせいか、驚かれはしなかったが……まあ、仕方ない、と言う顔をしていた。
ただ、門亜が横を向いたままだったのには驚いたな……。玲央と翔大の教育に良くないぞ、と言ったら他人行儀に挨拶するとか……。
ボタンの掛け違いでこじれた、そんな印象だった。
「門亜、余計なことは何一つ言わないもんな……。母親が岩手の旦那の実家に、介護で引っ越したことは聞いていたけど、あんな微妙な関係だなんて知らなかったよ」
それに、と言いかけて音環は止まった。一番恥ずかしい話を露呈するようで、戸惑った。
「俺、門亜の出身大学、この前知ったわ」
音環の言葉に、大河は驚いた。嘘だろ……。声にならないつぶやきが聞こえた。
「俺、仙台に行ったっきりあまり帰ってこなかったろ。てっきり、大河たちと一緒の大学に行っているんだって思ってたんだ……ショックだったよ」
そりゃそうだろうな……。慰める風でもなく、大河はつぶやいた。
読んでくださりありがとうございます。
②大河からの呼び出し です。
2つに分けようか迷ったのですが、申し訳ありません。
丁度良く分ける場所がなく、そのまま投稿させていただきました。
次の③も喫茶店のシーンが続きます。




