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継承  作者: 群青 ひら
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第15章 薫風②

「世界について行こうとは……思わなかったの?」


「言われたことはある。ギターを弾いているのは知っていたからな。けど、俺は青森から離れたくなかった。だから、バンドをやっているのは内緒にしている。癪にも障るしな」


親に、まるで自分の背中を追いかけているように思われるのは……想像するだけでも癪に障った。俺が音楽をやってこれたのは門亜や大河たちがいたからだっつーの!


瞬間、一つだけ違う音をはじいてしまった。あらら、やってしまった。


「音環ごめん。嫌な話だったんだね」


「いや……いつか向き合わないといけないことだったし。話だったし」


音環はギターを弾く手を止めると、門亜の頭をなでた。


「2階の部屋、片付いたら玲央たちの家具をみんなで買いに行こう。もちろん、門亜の部屋の家具もな」


その時、音環の脳裏に、門亜が潜入捜査をしている時に住んでいた弘前の部屋の風景が浮かんできた。


何もない、門亜の心を表すような空虚な部屋。よし、あんな部屋にしないぞ。門亜の好きなもので埋め尽くすんだ。




翌日。琥太郎が門亜の店に着くと封筒を渡した。


「これ、父さんから……」


中を見ると一万円札が一枚と「不足分は言え」とのメモが入っていた。


大河らしいなあ。門亜はメモの文字から大河が透けて見えるようだった。はいはい。お兄さんですからね。やせ我慢しますよね。


夜。門亜は迎えに来た音環に封筒のことを話した。そして、音環のご飯のほかにタッパーを1人分渡すと


「琥太郎くんが何を食べているかを知るのも保護者の役目でしょ」


そう言って渡してね、と言った。


琥太郎を迎えに来た大河に門亜の言葉を伝えると、少し表情が緩んだようだった。


「遠足と運動会が終われば、早く帰れると思う。それまで頼む」


と大河は言った。


それから1週間は穏やかに時間が過ぎて行った。琥太郎は一旦家に帰ると、タッパーを持って門亜の店に向かった。そして、音環が迎えに来ると、琥太郎たち3人、大河の分のご飯と一緒に音環の家に向かう。


音環が食事をする時に一緒にゼリーを食べる琥太郎との会話は、たわいもないものになった。


授業の話。先生の話。暑くなってきたけど、先輩が怖くて上着が脱げない、などだった。


風呂からあがった玲央たちがゼリーを食べている間、琥太郎は2人の相手をしてくれた。その間に、音環は防音室を片づけに向かった。


防音室に4人入るにはちょっと狭い。数あるギターをぼちぼち音環の部屋に運び込んで行った。


玲央と翔大には、琥太郎が大河先生の子どもで、毎晩大河先生が迎えに来ることを学校の友達には言わないよう、伝えた。すると


「言う友達作っていないから大丈夫だよ!」


と、翔大から返事が返ってきた。……翔大ママと一緒だった時の約束なのだろう。音環は複雑な気持ちになった。


ある夜のことだった。音環がいつも通りギターを弾きながら玲央たちを寝かしつけていると、琥太郎は言った。


「僕もギターを覚えたいんだけど……音環さん、教えてくれませんか」


音環はギターの手を止め、琥太郎を見た。琥太郎はまっすぐに音環を見ていた。


「……それは、お父さんが忙しいから俺に?かな?」


音環は静かに言った。これは……慎重に取り扱わないといけない話だ。基本的に大河の了解を取るとしても、だ。


「いえ……音環さんのギター、寄り添う感じで好きなんです。お父さんのは、何というか……置いて行かれそうで」


嬉しいけど……。音環の耳に『お前の家の子どもじゃない』と言う大河の声が聞こえて来た。奏法で選んだのなら、選ばれなかった大河はつらいだろうな……。それこそ、琥太郎が大河に言わないといけない。


「嬉しい言葉だけど……お父さんに言ってからじゃないと、俺は教えられないな」


「言ってみます。……怖いな」


琥太郎ははにかみながら言った。一歩、外へ踏み出した若葉。あと数年で玲央たちもそうやって離れていくんだな……。


琥太郎の成長と、玲央たちの成長とを見比べながら、音環は複雑な気持ちになった。




――カズヤから音源データとともにメッセージが来た。


全く、いつも前触れがない。まるでいついつまでにやっておいて、と上司から仕事を回されている気分だ。


しかし……音環は相変わらず突然に来るカズヤのメッセージに懐かしさを覚えた。


……前回カズヤから連絡が来たのは、3年前になるだろうか。確か、前の時もすべっタローの音源だけが見つかったから、それに合わせてMVを作ったはずだ。


今回は、奇跡的にすべっタローの声が残っていた音楽データからボーカルの音源だけを取り出すことが出来たそうだ。そこで今の俺たちの音と歌声を合わせて、デビュー20周年ということで新しく公開したい、と言うことだった。


以前出したことのある楽曲だから、練習するだけですぐ合わせられるはずだ。音環は大河に連絡を取ると、スタジオを押さえる日を相談した。


練習自体はそれぞれの防音室を使って出来るから、実質音合わせだ。


大河は空河に確認して連絡をする、と言って通話を切った。


今はみんな土日に集まりやすくなったから、逆に仕上がりの予定が早まるかもな。音環は思った。


大河から、6月に入ってからでいいか、と連絡が帰ってきた。早くても2週間先の土曜日になるだろう、とのことだった。


2週間あれば、十分練習が出来るな。それに、新しく買った玲央たちのギターとベースの調整をしながらすることが出来る。


音環は楽器店に行った時の翔大の顔を思い出して口の端から笑みが出た。玲央の真似をしてギターを選ぶのかと思っていたが、ベースを選んだのにはびっくりした。


リズムを刻むんだぞ、と言ったらどうもそれがいいらしい。もしかしたら、リズム感が優れているのかもしれないな。ギターを生かすのも殺すのも、ベース次第だ。


アンプにつないだ状態で音を確認してみたいな。音環はバンドのスタジオ予約の後に、玲央と翔大のためにスタジオの予約を入れた。




土曜日。音環がスタジオの前で待っていると、大河と琥太郎がやってきた。大河の持ってきたギターは1本だった。大河から教わることはしないのか、それとも大河の意地か。


音環は大河が背負うギターを見て複雑な気持ちになった。


第15章②です。

琥太郎の夕ご飯問題が解決したと思ったら、ギターを教えてほしいという、大河にとっては切ない問題が発生しました。

こじれだしていく大河家族に、手を差し伸べるのはやはり家族かもしれません。

読んでくださりありがとうございます。

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