第14章 新緑若葉③
――翌日。音環は仕事を早めに終わらせると、車を走らせて門亜の店へと向かった。
休憩室では、すでに玲央と翔大が帰る準備を済ませていた。
「今日のお夕飯は、オムライスだったよ!ハンバーグ付きの!」
翔大がニコニコ顔で教えてくれた。そうか、よかったな……音環は翔大の頭をくしゃり、となでた。
音環の大きな手に吸いつくような翔大の頭を、琥太郎は少し寂しそうに見つめていた。
「じゃ、門亜、俺、子どもたち連れて帰るから。いつもありがとうな」
音環はいつもの通り、おかずの入ったタッパーを門亜から受け取ると、一緒にゼリーを3つ受け取った。玲央たちがお風呂の後に食べるゼリーが3つ……今日は琥太郎の分もある、と言うことだ。
……大河が知ったらもっと怒るぞ。
そう、音環が思ったところで別の想いが出てきてはっとした。
いや、違う。琥太郎を見送った後、俺がご飯を食べているのを知っているんだ。ゼリーを琥太郎が食べれば、俺もその時にご飯が食べられる。門亜なりの気遣いか……。音環は、はたと気が付いて心がジンとした。
音環はいつもの通り家に着くと、あちこち電気をつけ、お風呂の湯張りを押した。そして、おかずの入ったタッパーを並べると、琥太郎にはゼリーを渡した。
「門亜から。玲央たちはお風呂に入った後に食べるから、大丈夫だよ」
琥太郎は受け取ると、はにかんだように笑った。音環は琥太郎と向い合せるように座った。
「ごはんは足りてる?」
も少し食べるか?と音環が聞くと琥太郎は両手を使っていいです、のポーズをした。
「十分です。ありがとうございます。ゼリーまでいただいて……」
礼儀正しいなぁ。ふと音環は思った。と同時に大河の『いい子過ぎて、心配なんだ』の言葉がよみがえってきた。……大河、琥太郎のいい子過ぎに甘えていないか?
「迎えが来る前に食べちゃおう。俺も1人で食べないで済むしな」
そう言うと、音環はシューマイを一つ、パクリ、と食べた。
「んまっ!琥太郎、これ食べてみろよ」
そう言うと、音環はタッパーのふたにシューマイを乗せた。
「……ゼリーの口にシューマイ……口の中、凄いことになってる……」
シューマイを食べた琥太郎が笑い出した。ごめん、ごめん、と音環はペットボトルのお茶を差し出した。
ひとしきり琥太郎の笑いが収まると、
「……お父さんとは、どう?話せてる?」
音環は問いかけた。
琥太郎はゼリーのカップを持ったまま、目線を右に、左にと泳がせた。どう答えればいいだろう……そんな様子だった。
風呂場で玲央たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。音環は琥太郎が口を開くのを待った。
「最近、話してなくて……。夜、外に出るな、とは言われたけど……」
「そうか……琥太郎は何て?」
ささ、ゼリーぬるくなるから食べちゃって、と音環は続けた。
「お父さんに、2人で協力しないと家が回らない、って言われて、何も言えなくなっちゃって……」
がっくり、と琥太郎は肩を落とした。門亜の店を出る時は年相応の背丈の琥太郎が、今は小さな子供に見えた。
「気持ちを……言えないか?一人でご飯を食べるのは嫌だ、とかさ。俺に言ったみたいにさ」
琥太郎は首を横に振った。怖いんだ……。琥太郎のとても小さなつぶやきが聞こえてきた。
「怖いか……。あいつ、世紀末覇者みたいだからなぁ。……怒られたことあるんだ?」
琥太郎はうなずいた。
「去年……門亜さんの真似して暗い色の口紅付けた時、お父さん、今まで見たことない顔をして『そんなことするんじゃない』って怒鳴られて……。
僕はただ、お父さんたちのポスターの真似しただけだったのに……」
ぽろり。琥太郎の目から涙がこぼれた。音環はまじまじと琥太郎の顔を見つめた。
琥太郎からどこか感じる、すべっタローの面影を音環は感じていた。そしてそれは大河も門亜も感じていた。……そうか。琥太郎が連れていかれると思ったんだな。
音環は手を伸ばすと琥太郎の頭をくしゃり、となでた。
「それはびっくりしたよな……」
琥太郎はうなずいた。
「ただ……これだけはお父さんのこと、かばうわけじゃないけど……琥太郎、口紅付けた時、鏡で自分の顔見た?」
琥太郎はぱっと顔を上げると、音環を見つめた。そして、見た、と言うようにうなずいた。
「その時、こんな顔をしてなかった?」
音環はスマホを取り出すと、数少ないすべっタローの写真を見せた。
「多分……似ていたと思います……」
やっぱりな。音環はチクリ、と心が痛んだ。一瞬、目を閉じたあと、そっと琥太郎に話しかけた。
「……実はさ、この人、もういないんだ。どこにも」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、そっくりになってしまった琥太郎が、この世から去ってしまうんじゃないかって、怖かったんだと思う。昔、俺、うっかり似ている、と言った時大河にめちゃくちゃ怒られた」
めちゃくちゃ、は盛ってるけど……怖いくらい真剣だったな。音環は琥太郎に初めて会った時に大河に言われた言葉を思い出していた。
「なかなか、自分の気持ちを言うのは怖いことかもしれないけど、言わないと伝わらないものもある。……まあ、言って居づらくなったら連絡しな。
うちは深夜1時まで営業しているから迎えに行ってやる。一晩おけば大体解決するから」
音環の言葉に琥太郎は少しだけ、笑顔で返した。音環はメモに電話番号を書くと、俺の電話番号これな、と琥太郎に渡した。
その時だった。門亜からラインでメッセージが届いた。
『大河が大変。お店に来てもらえる?』
音環は青くなった。何が起きたんだよ!
お風呂から上がってきた2人に慌ててパジャマを着させると、3人を車に乗せて門亜の店へと向かった。
第14章はこのエピソードで終わりになります。
大河が「何か」をしたようです。
でもそのおかげで、音環の家にも少し変化が現れます。
読んでくださりありがとうございます。




