第14章 新緑若葉①
青森市に桜の便りがやって来た。
門亜が店の奥で洗い物をしていると、音環からラインが入った。
『15~30分ほど遅れる』
音環のメッセージに門亜は時計を見た。……珍しい。到着直前に遅れる連絡をするなんて。近くで渋滞があったのかな?
後で聞いてみよう。門亜は思った。
「音環、少し遅れるって。帰る準備できてる?……宿題は終わってるよね?」
休憩室の玲央と翔大に声をかけると、門亜はニンマリ笑って見せた。玲央は黙って、漢字の書き取りを済ませたノートを見せた。翔大も玲央の真似をして、ドリルを開いて見せた。
「わー。2人とも優秀!よく出来たお子さんには、家で食べるゼリーをあげましょう……今日はどっちがいい?」
そう言うと、緑色のゼリーとフルーツが入った牛乳ゼリーを見せた。
「「白!」」
「じゃ、入れておくね。も少し待っててね」
そう言うと、門亜は店に戻っていった。
――音環が門亜の店に到着したのは、予定より15分程過ぎた頃だった。隣には琥太郎を連れていた。
音環は入るなり門亜に言った。
「ごめん!訳は後で話すから、琥太郎の分のご飯とおかず、何か適当に詰めてくれない?それと、20分くらいしたら大河に『琥太郎はうちにいるよ』って送ってほしいんだ。どっちの、って入れないでね。琥太郎がご飯食べ終わるまで時間稼ぎたいんだ」
言い終わると、音環は休憩室の玲央たちに声をかけた。
「今日は琥太郎兄ちゃんが一緒だ。お兄ちゃんのご飯を守るために、急いでくれるかー」
このお兄ちゃんは誰だろう?と興味で見ていた玲央と翔大は、音環の守る、の一言に慌ててランドセルを背負った。
「守る!」
「守る!」
そして二人顔を見合わせて
「「守る!」」
まるで、えい、えい、おー!とでも言うように右手を上げた。
ちょうどその時、琥太郎の分のお惣菜を詰め終わった門亜が、音環にタッパーを手渡した。そして、音環の目をじっと見ると軽くうなずいた。
「よし!それじゃ行くぞ!」
音環の言葉に玲央たちは駆けだした。夢中になる2人の後ろから「おい、危ないぞー」と言う音環の声が聞こえた。
玲央と翔大はワクワクしていた。
お兄ちゃんは僕たちが守るんだ!と言うかのようだった。
――それは、家についてからも続いていた。
音環が車をガレージに入れると、玲央と翔大は駆け足で玄関に向かった。そして、いつもは開けてもらう玄関のカギをさっさと開けると
「早く入っちゃって!悪い人、いないから!」
と琥太郎の背中を後ろから押した。
玲央の声を聞いて音環は苦笑した。いや、いたら困る。……それにしてもノリノリだ。守る、の言葉の破壊力はすさまじい。
リビングまでの電気が次々と点いた。音環は玄関であっけにとられている琥太郎に声をかけた。
「とりあえず、入って。子どもたちは嬉しいだけだから。さあ、ご飯を食べよう」
琥太郎は促されるまま、リビングのソファーに座った。
レンジのピーピーという音とともに、醤油の香りが漂ってきた。
……お腹すいた。
今まで感じていなかった空っぽの胃袋が、早く食べさせろと自己主張をしてきた。
音環がお皿に盛りつけたお惣菜を持ってきた。そして、山盛りのご飯を琥太郎の前に置くと、
「先に食べてて」
と言って、音環はお風呂の湯張りボタンを押しに行った。そして
「玲央、翔大、お風呂の準備しろ―。ここでかっこ悪いところを見せると守れないぞー」
と、和室にいる二人に声をかけた。
琥太郎は音環が戻ってくるまで、お腹を鳴らしながら待っていた。
「ごめんごめん。待たせたね。さ、食べよう」
早くしないと大河パパが来るぞ、と言うと、音環はご飯を一口、口に放り込んだ。琥太郎もご飯を口にすると、あっという間に茶碗の中を空にして行った。
慌てて食べたためか、琥太郎は喉がつかえているように見えた。音環は冷蔵庫を開けると、コップに麦茶を入れ、琥太郎に手渡した。
落ち着いたかな。音環が話しかけようとした時、玄関のチャイムが鳴った。……本日の試合終了。音環は軽くため息をついた。
インターホンのカメラを覗くと、大河が立っていた。
「まったく……どっちの、くらい入れろよ」
開口一番、大河が言った。門亜、いい仕事するなぁ。音環が感心していると、大河は不機嫌な顔で言った。
「琥太郎が世話になった」
さあ、帰るぞ、と大河は琥太郎を促した。琥太郎の姿はまるで叱られて無理やり連れていかれる子犬のようだった。しょんぼりと外を出ていく琥太郎に音環は言った。
「またな!」
音環の言葉に、ピクリ、と大河の肩は少し動いたようだった。
門亜は、少し早めに店を閉めて帰宅した。
音環がいるから心配はいらないけど……胸騒ぎがする。門亜の心の隅に、幼馴染の姿が見え隠れしていた。
大河にラインを送った後、少ししてお店にやってきた。大河は「帰宅したらいなくて心配していたんだ」と言った。家にいるよ、と言ったらお礼も言わずに飛び出していった。
琥太郎が青森市に来て1年とちょっとになる。しかも今年中学に上がったばかりだ。
……学校で何かあったのかな。
音環、うまく聞き出してくれているといいけど。
門亜は家に入ると防音室に真っ先に向かった。多分、音環はそこでボクを待っているはず。そして……。
――門亜の予想通り、玲央と翔大がソファーの上で思い思いの方向を向いて寝ていた。
「ただいま……今日も玲央たち、泳いでるね」
門亜はそう言うと、翔大を抱き上げ向かいのソファーに寝かせた。音環もギターを置くと玲央を翔大の隣に寝かせた。
「落ちそうだな……。リクライニングソファじゃなくて、広げるとベッドになるソファーみたいなやつにするかな」
音環の言葉に「あはは。それもいいね」と門亜は笑った。
玲央たちは、4月までは音環が下の和室で寝かしつけると朝まで起きなかったが、学年が上がると夜中に起きだして防音室に上がってくるようになった。
寝ぼけて上るのは危ないので、防音室で寝かしつけて門亜が帰ってくるのを待つ、と言うサイクルになっていた。
「まあ、また下で寝るようになるだろうし……進んだり、ちょっと戻ったり。子どもの成長って、見ていて飽きないなぁ。それに、一緒に成長させてもらっているって感じる」
音環の言葉を聞きながら、門亜はうなずいていた。1人でいた時は知ることのできなかった感情だ、と思った。
玲央と2人の時は不安で仕方なかったけど、音環が隣でいてくれているから……何かを一緒に作り上げている。そんな感じになる。
……あ。
「そう言えば琥太郎くん……」
幸せに浸っている場合じゃなかった。いや、幸せだけどさ。門亜は心の中で自分の頭をたたいた。
「……ああ。俺が門亜にラインを送る前、駅前の商店街で琥太郎を見かけたんだ。で、慌てて駐車場に車を入れて呼び止めたわけなんだけどね。
……ここ2ケ月、大河は仕事が忙しくて、琥太郎、夕食は一人で食べていたみたいなんだ。寂しくて、飛び出したと言っていた」
ふう。どうしたものか、と言うような顔を音環はした。
読んでくださりありがとうございます。
第14章 新緑若葉です。この章は3つのエピソードに分かれます。
タイトルの新緑若葉は「木々が芽吹く季節の美しい緑色」とのことで、何かに夢中になっている子どもたちにぴったりの色だなと思いつけました。
琥太郎は今はほんのちょっと、自分のことで悩んで陰っているようですが、音環のおせっかいでいずれ色を取り戻すような気がします。




