第13章 7年分の雪解け④
翌日。夕方になる少し前の時間、伯父は門亜の店を訪ねた。
店の引き戸を開けると、ほっぺたにケチャップを付けた子どもが2人、スパゲッティをほおばりながら振り向いた。
「伯父さん!」
奥から門亜が出てきた。門亜は伯父の顔を見るなり、にまっと笑顔になった。
「いや……昨日は……喫茶店代を払っていなかったからな。これ……音環君に渡しておいてくれ」
そう言うと、封筒をスーツのポケットから取り出して門亜に渡した。
「伯父さん。離婚回避?」
ニコニコしながら門亜が聞くと、伯父は顔を赤らめながらうなずいた。
門亜はそっとお茶を出した。
「音環がね、伯父さん一人になると、きっとすぐに介護が始まるって」
介護!ひどい言い方だな……。あの特級呪物はそこまで呪うのか?伯父は顔をしかめながら傍らにあったおしぼりで玲央の口を拭いた。続いておしぼりを裏返すと、翔大の口を拭いた。
「そしたら、毎日お見舞いに行くかなーって。おげんきですかぁ~。って行くんだって言ってた。ねー。ボクたち家族だもんねー」
門亜は玲央と翔大に向かって言った。2人は再びちゅるん。とナポリタンを食べると、口にケチャップを付けたままうなずいた。
「いや……見舞いは遠慮する……」
まったく、こいつらは……。まあ、こういうのを見るのも悪くはないだろう。
再び新しいおしぼりで、玲央たちの顔を拭いた伯父ははっと気が付いた。このおしぼり、温かい……。
「門亜、俺にもおしぼりを一本くれるか。おしぼり代は、出す」
伯父は門亜からおしぼりを受け取ると、自分の顔を拭き、そのまま上を向いて湯気が上がるおしぼりを顔に乗せた。
「あー。気持ちいい……」
門亜はそんな伯父の姿を見て一言
「おじさんくさっ」
とつぶやいた。
ところが、玲央と翔大がおしぼりが欲しい、と言い出した。門亜が怪訝に思いながら温かいおしぼりを渡すと、2人は丸まったおしぼりをのばして顔を拭き、続いて広げて顔の上に乗せた。
「わー。やめてよー。おじさんが3人……」
おしぼりをのせて、2人の様子が見えない伯父は想像して口元が緩んだ。きっと、俺の真似をしているんだろう……。
「気持ちよかった。ありがとう」
おしぼりを返すと、伯父はお茶を飲んだ。おしぼりを取る時一瞬だけ、自分の真似をしている2人が見えた。このかわいさがまた、門亜を救っているんだろうな。そう思うと心に温かいものを感じた。
「あ、そうだ。伯父さん、そこの漬物持って行ってよ」
門亜はカウンターの漬物の袋を指さした。スーパーの取っ手付き袋に何やら入っているのが見えた。
「茨城に出張した人からお土産もらったんだ。子メロンの漬物だって。丸のままのとスライスされたのとあるから好きなほうもっていって」
ほう。子メロンの漬物か。珍しいものもあるもんだな。伯父は手を伸ばすとスライスされているような、ややカサが低くなった袋を手に取った。
「また来てね」
門亜は笑顔で見送った。
――伯父はどこにも寄らずに、家へまっすぐ帰った。そして冷蔵庫を開けると、漬物を下の段に入れた。
上の段にはケーキの箱らしいのがいた。1回帰ってきてから、また出かけたのかな。などと思ったりした。
「あっ。大河」
ちょうど客がはけた時、タイミングよく大河が入ってきた。門亜は大河に漬物を持っていくよう連絡を取っていた。
『子メロンの漬物もらったよ。間引いたメロンを漬けたもので、ほんのりとした甘さときゅうりを思わせる食感が病みつきだよって、お土産をくれた人が言ってた。珍しいから空河の分も持って行って』
と連絡をすると、帰りに寄る、と連絡が返って来た。
「3月だから、いろいろと忙しいでしょ」
門亜はお茶を出しながら言った。
「まあ……俺も4月からは現場復帰だからな」
「へぇー。どこ?」
門亜ののんきな返事に大河は顔をしかめた。
「新聞見ていないのか……お前んところの学校だよ。玲央と翔大の」
頼むから騒動起こさないでくれよ……。そうつぶやくと、大河はにらむような目線で門亜を見た。
「あ、そうそう。はい」
門亜はカウンターの下から袋を二つ出すと、
「スライスと丸のままとどっちがいい?」
と聞いた。袋の中を覗いた大河が
「スライスのほうがいいかな……空河のところもスライスのほうが手間がないだろう」
と言ったので、門亜はスライスのほうの袋を探した。
「あれ……?スライスが1個多く残ってる。あっ!漬物がない!」
ここを引き継いでくれたおばちゃんの古漬け。楽しみにしてたのにな。
あーあ。きっと伯父さん持って行っちゃった。
門亜はそのあとに起きる騒動を想像して、見なかったことにした。
「どうしてあなたは、仕事以外はそうポンコツなんです!」
伯父宅。冷蔵庫を開けた伯母に伯父が怒られていた。
「袋の中を見れば違うってわかるでしょう。さよこちゃん、って絶対に人が漬けた漬物ですよ」
もーケーキに臭いが移っちゃって……。伯母はぶつぶつと続けた。
「せっかくあなたの好きなケーキが売っていたというのに……」
その言葉に、伯父は心が緩んだ。と同時に涙腺が緩んだ。
「すまない……。スライスのほうが、お前の手間が減っていいかと思って……」
くどくど。それでも伯母の小言は続いた。
――こうやって怒られるのもいいもんだな。小言を聞きながら伯父は思った。
読んでくださりありがとうございます。
第13章はこのエピソードで終わりになります。
音環と門亜がかかわると、必ず伯父にオチがつくようです。
14章からは新年度を迎えて、大河も現場に復帰し、玲央と翔大がゆっくり新生活になじんでいく中で新しくドタバタが始まります。
まだまだお付き合いいただけると嬉しいです。




