第13章 7年分の雪解け②
……何だよ。ボクがやられた時だって痛かったんだぞ。
ツン、と門亜が横を向くと、音環は軽くため息をついて
「無理やり有給取らされた。しかも3日間」
そう言うと、再びため息をついた。
えっ?3日間も?いったい何故?
「えっ?決算月なのに?」
音環の気持ちを察しないまま……言葉が口をついて出た。
「ホントだよ……決算月なのに何やっているんだろ。俺。有給の取得が厳しくなって、5日取らなくちゃいけないところ1日足りなかったんだ。
本部から怒られるし、見せしめじゃないけどペナルティで、不正がないかの確認のための有給取得もさらにさせられるし。忙しい時期に休みを取るから同僚の目線が真面目に冷たかったし。ノルマは120%達成しているからいいけどさ」
音環はそう言うと、俺、カッコ悪い……と頭を抱えた。
門亜は音環の隣に座ると、ずい、ずいと体で音環をソファーの端に押し出した。
「じゃ、ボクとデートしよ!」
はい?音環は一瞬頭の中が真っ白になった。
「伯母さんさ、駅前のデパートで働いているんだよ。木曜日から火曜日まで。張り込みしよう!デートしよう!」
デートか……。その時、音環は頭の中で何かがはまる音がした。
「門亜さ……伯父さんって、今日から3日のうちに呼び出せる日ってある?」
うーん。門亜は唇に指をあてながら……思い出しているようだった。
「この前、伯父さんにお墓の調査の結果をもらったけど……。今は県外に行く予定はないって言ってたよ。」
「じゃさ、伯父さんに連絡を取って呼び出してもらえない?」
そう言うと音環は門亜の耳元に口を寄せてささやいた。門亜の顔がぱっとさらに明るくなった。
「うまく行ったら、今度はボクたちがデートね。」
門亜はウキウキしながら言った。……うまく行くかどうかは、全然わからないのになぁ。密林で楽しそうに洋服を選び出す門亜を見つめながら音環は天井を仰ぎ見た。
「いいか、門亜。これは地雷原の中を歩くようなものだからな。いわゆる「察して」という地雷だ。今までどれだけの男がうっかり踏んで爆死したことか……」
音環のペナルティ有給3日目。音環は門亜にくどくどと言い聞かせていた。
門亜が最初にその話を聞いた時は
「きゃー!なにそれ!こわい!」
と叫び出し、玲央と翔大がびっくりして駆けつけるほどだったが、3回目ともなると
「もう何回も聞いたから」
そう言ってプッと頬を膨らませた。
「もうそろそろ時間だ……頼んだよ、門亜」
音環はワイヤレスイヤホンを門亜に渡すと、
「聞こえる?」
最終の確認をした。門亜はうんざりした顔でOKのポーズを取った。
そして、門亜はデパートから少し離れた場所で、伯父が来るのを待った。
――相談があるから会って欲しい。門亜からの電話に伯父は月曜日の午後、会う約束をした。
声は相談、と言う割には元気そうだった。なのに……胸の中で得体のしれないざわつきを感じていた。直感が、頭の中で小さく赤の点滅を出していた。
待ち合わせ場所には、時間ちょうどに着いた。人が多くて、門亜を探すのにも苦労しそうだ。と周りを見回した時、手を振る人影が目に入った。
……!
「なっ!も……」
門亜は駆け寄ると
しっ。
というように真っ赤に塗った唇をわずかに開け、人差し指を伯父の唇の前に置いた。そして、唇を閉じると、
だめ。
と言うように首を振って見せた。
「何かに追われているのか?」
伯父は門亜の耳元に口を寄せて小さい声で聞いた。門亜は首をかしげるそぶりをすると
「ちょっとここでは……」
とつぶやくように言った、その時。
「食いついたぞ」
音環の声が門亜のイヤホンに届いた。それを合図にしたかのように
「ちょっと、移動しましょう」
そう言って伯父の腕をとり、歩き出した。
追われているのだとしても……伯父は隣に並ぶ門亜の姿をみて閉口した。
上下黒ニットのミニドレス。そして、赤のコートと言う出で立ちである。薄いブラウンが差した大きめの眼鏡をしている姿は、まるで7年前の……桜花……かりんの保護を頼みに来た時の姿を彷彿とさせた。
これで「あの」喫茶店に連れ込まれたら完璧だな、と思っていると、門亜は重々しいドアをあけ、古い喫茶店に伯父を誘った。
チリン。鈍い音をたてるベルの音に
――しまった!門亜にはめられた!
瞬間に悟った。
媚びない美しい女に送る、遠慮をしない男の目線。そして、親子ほど年の離れた、娘ではない女性を伴う男に向ける冷ややかな視線。これも7年前と同じであった。
窓際の席に着くと、座って、というように門亜は目線を送った。……一体こいつはこう言うのをどこで覚えてきやがる……まあ、今回は「あのような」写真を渡されても、騒動になるようなことは何一つ起きないが……。
伯父の心にほんの少し、風が吹いたような気がした。
メニューを受けに来たウェイターに、門亜が紅茶とコーヒーを頼んでいるのが見えた。おい、俺はまだ何も決めてないぞ……、と言おうとした時
「ここのコーヒーは、マスターがお客の雰囲気でブレンドをしてくれるんですって。だから、コーヒーと紅茶しかないの」
と門亜は言った。伯父は怪訝そうにメニューを開くと……驚くほどメニューが少なかった。
色紙を二枚合わせたようなメニューには
・紅茶(ストレート/レモン/ミルク)
・コーヒー
・ナポリタン
・サンドイッチ(アレルギーがあったらお伝えください)
の4つしかなかった。
「ナポリタン、頼んでもいい?」
門亜は前日、音環に言われたことを頭で反芻しながら言った。ナポリタン。注文してからソースをじっくり作るから、出てくるまでに時間がかかる……らしい。
あの時は状況が状況だったからしょっぱかったけど、本当はおいしいんだよ、と音環は言っていた。
伯父は仕方ない、とでも言うようにうなずいた。
読んでくださりありがとうございます。
音環と門亜の伯父さん離婚回避作戦が始まりました。
前作【邂逅】で伯父を呼び出し、ロリィタ服を着た音環と門亜の写真を渡したときの喫茶店が舞台です。




