第13章 7年分の雪解け①
門亜が、食材の買い出しに駅前を歩いていると、見かけたことのある後姿が見えた。
……伯母さんだ。
伯父からは、すでに別居していると聞いていた。なんで離婚をするのか聞きたくて、伯母が勤めているスーパーに何回か行ったが、退職していると言われた。
門亜が音環の家に引っ越してから半年。久しぶりの邂逅だった。
――伯母に声をかけようとして、声が止まった。今日の服装は和装で割烹着だ。ついでに言うなら、こだわって朱の紅をひいている。
なんでこういう時に限って……。門亜はほぞをかんだ。そうこうしているうちに、伯母は角を曲がって行き、門亜は姿を見失ってしまった。
翌日。門亜が同じ時間に駅前を歩いていると……伯母が歩いていた。今日の門亜の服装はいつ会っても大丈夫なように、トレーナーにGパンという出で立ちだった。
「伯母さん!」
門亜は声をかけた。伯母は振り向くと
「あら、門亜ちゃん」
特に何の感情もない返事が返ってきた。拒絶するでもなく、受け入れるわけでもなく……伯母に会ったらなぜ離婚をするのか聞いてみよう。門亜はそう思っていたが、急に気持ちがしぼんでいくのがわかった。
「あの……伯父さんと……別れるって聞いて……ボク、謝らなくちゃって……」
音環だったらもっとスマートに聞けただろうな。こんな街角でつっかえつっかえではなくて。うまく言葉が出てこないもどかしさに、嫌気がさしそうだった。
伯母はモジモジしだした門亜に小さくため息をつくと、少々早口で言った。
「別に、門亜ちゃんのせいじゃないのよ。ただ、あの人が警察をやめたのが私たちが理由、じゃなかったから悲しかっただけ」
伯父さんが警察をやめた理由……?そういえば、ボクも聞いていない。門亜がそんなことを考えていると、
「あの人をよろしくね」
と言い、角を曲がって去って行ってしまった。
――その日の夜。
もやもやを抱えたままの門亜は、帰宅するとシャワーも浴びずに防音室へ向かった。少しでも早く音環に会いたかった。
防音室からは音環の奏でるギターの音が聞こえていた。いつもの……音環の好きなアルペジオのリズム。きっと、いつもの音環だ。
「おかえり、門亜」
ギターの音が止まり、音環の柔らかな声が門亜を出迎えた。
「ただいま」
そう……決算月で疲れているはずなのに、音環はボクを待ってくれている。防音室の温かみのある光と音環の姿に、固くなっていた心がほんの少しだけ、ほぐれるようだった。
門亜はすとん、と音環の隣に座った。そして……言葉を出したいのに、言葉がなぜかのどから出なかった。
「なんか……あった?」
ぽん……。音環は真ん中の弦をはじいた。そしてゆっくりと、まるで数を数えるように弦をはじき出した。
これもよく聴く……フィル・コリンズの「Another Day In Paradise」だ。
出だしのリズムが繰り返されて、心の琴線も指ではじかれていく気がした。
「相談してもいい?」
門亜は音環に向いて言った。音環のギターが止まった。
「実は伯父さんというか伯母さんのことなんだけど……」
そうして、門亜は昼に伯母に会った話をした。
「伯父さんが警察をやめた理由が『私たちが理由ではないから』って言うんだよ。でも、おかしいんだ。伯父さんが警察をやめたのはボクが潜入捜査をした事件のあと、落ち着いてからなんだ。
もちろん何かやらかしたからって訳じゃないよ。もしそうだったら、情報はすぐに回るから。誰か、なんていやしないし。誰のためにやめたんだろう……」
門亜は慎重に、言葉を選んで話をした。事件と桜花の名前をつなげて言ってはいけない。もちろんかりんの名前を出すのは今でもNGだ。
どこで誰が聞いているか分からないし、玲央たちが危険にさらされる可能性もある。
一方で、音環はうん、うんとうなずきながら聞いていた。確か、門亜はあの後事故を起こして、交番勤務になったんだっけな。あとは……。
「ボクが辞めたのは、伯父さんが警察を辞めて大分経ってからなんだよね。探偵事務所も、あまりにもボクがぷーをしているから伯父さんが心配して入れてくれたようなものだし」
門亜はそう言うと、再びうつむいた。
自分のせいだと……思っているんだろうな。うつむいている門亜を見て音環は思った。
一部分はその通りだろう。玲央を連れて同居している時に、何かあったんだろうな。あるいは何も無くても今までの破綻に打撃を加えた、とか。
それに言い方に含みがある。しかも7年前のことを持ち出すあたり……根が深い、ということか。……なんか、すごくきな臭い気がする。
「門亜……伯母さんに2日とも同じ時間に会った、って言ったよな」
音環はギターを傍らに置きながら言った。ごとり。鈍く、カーペットの下で床に当たった音がした。門亜はうつむき加減にうなずいた。
「それって、例えば仕事の帰りとか……病院の帰りとか……生活のルートになっているんじゃないか?」
少し声を潜めた音環の声が、門亜の耳の奥まで届いてきた。ゆっくりと、それまで自分を責めていた心の中の声を溶かしていくようだった。
言われてみれば……会えると思って今日は時間を合わせていたら会えた……門亜ははっとした。
「たまたまである可能性も捨てきれないけど……まずは、何かの生活パターンなのか調べてくれないか。たまたまであるなら、だいたい行動パターンが同じ、曜日と時間を調べてほしい」
音環が具体的な指示を出す時は、すでに計算が始まっているはずだ。門亜はうつむき加減だった頭をゆっくりと上げた。門亜の顔は、探偵時代の網を広げる目線に変わっていた。
「音環、分かったよ!」
門亜が伯母に会って数日後。
仕事を終えた門亜は、帰宅すると真っ先に防音室へと向かった。ノックもせずに入ると……ギターを抱えて物思いにふける音環がいた。
「音環?」
「ああ、門亜。おかえり」
様子が変だ。門亜は音環の真正面に座ると
「どうしたの」
音環の頬を両手で包むと、
ぎゅっ。
両手を前に押し込んだ。唇がひよこの口ばしのようになった。
「も、もは。いはいって」
音環の表情筋がゆるんだように、門亜は思った。ぱっと手を離すと、音環は「おー、いてて……」と頬をさすっていた。
読んでくださりありがとうございます。
第13章 7年分の雪解けです。この章は4つに分かれます。
伯父の離婚が秒読みになってきました。
音環と門亜はどうやって伯父と伯母を仲直りさせるのでしょう。
気楽に読んでいただければ嬉しいです。




