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継承  作者: 群青 ひら
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第2章 梅雨雷③

「そう言えば、音環はこっちに帰ってこないの?」


門亜がケーキを口に運びながら言った。


メインのメニューを選ばないでケーキばかりを頼もうとしたので音環は慌てて止めた。……相変わらず、食事の内容が偏っている。


大河にも「子どもたちの食育に悪い」と指摘されたので、門亜はしぶしぶサラダを頼み、ケーキもやっとのことでありつけた。


「うん……俺も4月に戻れると思ったんだけどね。今の支店も5年いるから……もしかしたら10月の異動にひっかかれるかもしれない」


音環はそう言うと、あ、そうだ、と門亜に向いて言った。


「さすまた、今になって3本セット届いたんだけど、門亜の伯父さんの事務所にいらない?」


音環は大まじめに言った。


「今頃?随分経ってない?確か空河の結婚式の後だよね」


門亜は驚いた。


「アパートに4本あっても仕方ないから、門亜、引き取ってよ」


車に積んである。と音環は言った。


今になって来る……その不思議さに大河は理由を探した。そう言えば、たまにすべっタローの足跡をたどりにあちこち行っていると言っていたな……。


音環と門亜のやり取りを聞きながら大河は言った。


「前にも言ったが……お前たちは片翼の鳥だ。だから気をつけろ」


音環と門亜は顔を見合わせ……大河を見た。


「墜落した時、俺はもう……拾いに行けないと思う」


大河の目は真剣だった。そう言う大河の姿は、羽が折れた大鷲のようだった。


「うん……。何とか……ね。でもまた会ってよな。バンド活動止まっちゃってるけどさ。一緒の時間過ごしたんだし」


音環は言葉を選ぶように言った。


「ああ……」


大河は静かにうなずいた。


――しばらく、近況を報告しながら食事を続けた。


颯と駆が飽きてくるころ、自然と散会となった。琥太郎は名残惜しそうに、門亜のほうを見ていた。




週明け、伯父が出勤をすると、窓際にさすまたが置かれていた。


それを見た伯父は一瞬固まった。


さすまたが3本。職員は俺と門亜だけ。1本多いが……何故だ。


「門亜、これはどうしたんだ?」


平静を装って、伯父は聞いた。さすまた……いい思い出はない。


むしろ、身を守るものなのに禍々しさすら感じていた。


刑事時代に暴対の刑事から、くどくど苦情を言われたのもさすまたが原因。門亜の様子を見に行った時に、音環に会ったが彼はさすまたを持っていた。


猛禽類を思わせるような、鋭い目つきの顔を思い出し、伯父は背中に冷たいものを感じた。


冷や汗をかいている伯父を尻目に、門亜は素知らぬ顔をした。そんな門亜の様子に伯父はさらに不安な気持ちになった。


……気にしないでおこう。存在だけで守ってくれるかもしれない。


静かに、深く息を吸うと伯父は門亜に言った。


「門亜、俺は岡山に行くので3、4日ほど留守にするが……。俺が預かっている迷子の猫の案件、任せられるか?」


そんなに留守にするとは珍しいな。門亜は思った。


「子犬のほうは見つかりましたし……。情報をもらえますか?すぐ取り掛かります」


そう言うと、伯父から写真と依頼主、目撃情報をデータでもらった。


「その……な、門亜。今日は何というか……」


何かあったのか?と言いかけて言葉を飲んだ。今日の門亜は先週末の派手な衣装と違い、いたって普通のスーツと言ういで立ちだった。


「今日は依頼主に会うからですよ。無事に依頼された犬をお渡ししますからね」


そう言うと、ペットホテルに寄って引き取ってきた、ミニプードルの子を見せた。


「犬猫を探す時は思いっきり派手な格好のほうが、浮気調査の時に顔ばれしないで済むんです」


涼しい顔をして門亜は言うと、早速迷子猫のデータを開いた。……随分でっかいな。門亜は思わずつぶやいた。


真剣にスマホを見る門亜に伯父は感心した。恐らく、保護した犬を引き渡した後、どこかで着替えて引き続き猫の捜索をするのだろう。


“あの”服装も考えてやっていたことだったのか……と伯父は感心した。だが。これだけは言っておかないといけない。


「門亜……だったら、ネクタイはもう少し明るい色にしておいたほうがいいぞ。ダークグレーのスーツにほとんど黒に近いネクタイだと、威圧感がありすぎる」


俺のを貸してやるから……と言うとロッカーを開けてネクタイを選び出した。淡いパープルのネクタイを取り出すと、門亜の前に立って結び直した。


ボクは子どもじゃないんだけどな……。門亜は心の中で文句を言うと、ぷっと頬を膨らませて横を向いた。




――数日後。


いつものように門亜はブラインドから差し込む光で目が覚めた。


今日は暑くなりそうだ。体がじっとりと汗ばんでいた。


……今日の服装は何にするかな。ポロシャツ、オーバーサイズのダウンシャツ……。門亜はしばらく考えると、ゼリー飲料を口にくわえ、シャワールームに行った。


こわばった体に熱めのお湯が気持ちよかった。体の隅々が解けるようで……門亜は目を閉じると首を深く傾けたり肩を回したりして、ゆっくりと体をほぐしていった。


門亜の伯父が出かけて一週間たっていた。めったにない県外の活動で、予定の日数を超える、と言うことに違和感を感じていた。心の中にざわつきがあるのを感じていた。


まあ、連絡があるから心配はしていないけどさ。


髪にドライヤーをかけ、身支度を済ませると、階段を下りて伯父の事務所に向かった。


今日は猫ちゃんを保護している、と連絡があった家から開始だな……。と会社のスマホでメールを確認していると、チリン……。乾いたようなベルの音が事務所に響いた。


「なっ!門亜!」


「伯父さん!」


門亜が顔を上げるのと同時だった。入口には伯父が立っていた。


そして、隣に7、8歳くらいの男の子を連れていた。男の子は伯父の声に驚いたのか、その瞬間、耳を押さえた。


門亜の伯父は頭を抱えた。……何だって、こんな日に派手な格好をしているんだ!


「門亜……なんで今日に限ってそんな衣装なんだ」


色違いのハーフパンツとオーバースカートの衣装を着た門亜に、がっくりと、肩を落としながら伯父は言った。


「今日、伯父さんの猫ちゃんの件で、保護していると連絡があった家に行く予定だったから……」


門亜の声はだんだん小さくなっていった。せめて、男の子には怖がらせないようにしよう、とサングラスを取ると、男の子は完全に固まってしまった。


慌てた伯父は、こっちにおいで……と言って男の子に応接室へと促した。門亜は外の自動販売機にジュースを買いに行くと、事務所の入り口のカギを閉めて応接室に向かった。


「伯父さんは……お茶でいいですか?」


応接室では男の子が伯父の隣にちょこんと座って、うつむいていた。ちらり、と男の子を見たが、そのまま門亜は給湯室へ入っていた。


読んでくださりありがとうございます。

第2章 ③です。長いエピソードになってしまい申し訳ありません。

ペットの捜索と浮気調査を2人でこなすとしたら、門亜はどうするのかな、と思いながら書きました。

その結果、ペットの捜索の時はコスプレをする、という結論に至った次第です。


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