第2章 梅雨雷②
「待たせたか?すまない」
普段通りの大河の声が聞こえた。その声に、キッズコーナーの颯と駆が目をキラキラさせて振り向くと、琥太郎を見つけた。
「こーにぃ!」
2人はパタパタと駆け寄って、琥太郎の両手を掴んでキッズコーナーへ連れて行った。
戸惑いながらキッズコーナーに連れていかれる琥太郎を大河は優しく見つめていた。
……頬のあたりがシャープになったな。ちらり、と表情を見た音環はさりげなく視線をそらした。しばらくぶりに会う大河は少しやせて見えた。
「元気?」
ああ……。大河は軽く笑顔をして見せた。
「すまない。その……俺、知らなかった……」
音環はおずおずと言った。
そんな音環に大河は
「いや、気を使われるのは好きじゃないから……かえって気を使わせて済まなかった」
と、こともなげに返した。
「ところで、門亜は……?」
大河は聞いた。片翼の鳥。音環とつかず離れず、飛行しているようだったが……。
「ちょっと遅れるって言っていたよ。迷子の子犬の情報を貰ったから、寄ってから来るって。だから遅れるって言っていた」
結構、犬って迷子になるのな、と言いながら音環はラインの画面を見た。……さっき来たから……。そう呟いていると、
「あ、駐車場についたみたいだ」
メッセージを見た音環は言った。
4人で会うのは久しぶりだ。俺自身、大河に会うのは……1年近くなるか?大河も門亜とは会っていないだろ。そう言う俺も、門亜とひと月近く会っていない。
大河の気持ちを考えたらワイワイやるなんて出来ないけど……音環はほんのり嬉しさで胸を膨らませていた。
店のドアが開いた。きっと門亜だ。3人の目線がドアに向かった。
「「「!!!」」」
やっほー、と言うように手を振って入ってきたのは……ショートパンツにオーバースカートを重ねたコスプレのような姿の門亜だった。サングラスをし、唇は紫のルージュで濃く塗られていた。
門亜は店内のざわつきを気に留めず、ずんずんと皆が座る席にやってきた。
「お久しぶり~」
3人は呆気にとられた。そして、門亜が被っていた帽子を取って座ろうとした。その時、
「門亜!なんて格好で来ているんだ!」
我に返った大河は、立ち上がって叱るように声を荒げた。そして、頭が痛い、と言うように右手を額に当てた。
「大河、ひどいなぁ。中学校の先生みたい」
ぷっと門亜は頬を膨らませた。
「ボクはボクだよ」
そういう門亜に大河は大きくため息をついた。
「あいにくだな……俺は中学校の社会の教育免状も持っている。問題はそこじゃないんだ……」
そう言って大河は座りなおすと、しばらく両手で顔を覆っていた。どう伝えたものか、と大河の表情は語っていた。
「琥太郎……母親の不適切監護で養護施設にいたんだ。あまり派手な格好をした女性……らしいのが近づくと今でも体が固まる……」
大河の言葉に、門亜は押し黙った。うつむき加減の門亜の目がうろうろと泳いでいた。
「いや……言わなかった俺が悪かったんだ。まさか、門亜が派手な格好で来るとは思わなかったから……」
大河は再びため息をついた。音環はテーブルに目線を落としたままの大河に、喉がひりつくようだった。
大河の説明に、音環は心が重くなった。
事前に言っておけばよかった。ここ2~3年、門亜は何故かコスプレをするようになったんだ。普通に受け入れてしまって、まさかこんな時にリスクになるとは気が付かなかった。
「ごめん……知らなかったんだ……。今までどんな格好をしても、ボクを受け入れてくれてたから……。ごめん。甘えてたね……」
門亜は力なく言うと、脱いだ帽子を手に取った。そして帰るね、と力なくつぶやいた。
言い過ぎた……。大河が手を伸ばそうとした、その時だった。目をキラキラさせた琥太郎が、門亜の隣にやってきて座った。
「きれい……どうすれば、そんなにきれいになれるんですか?」
なに?大河はぎょっとして琥太郎を見た。
……一足飛びすぎる。門亜のようにきれいになる、とはどういう意味だろうか。大河は琥太郎の言葉を反芻し始めた。一つだけ分かっていることは……小学校をこの格好で登校したら、先生方の負担が増える、と言うことだ。
当の琥太郎はうっとりしながら門亜のマントを遠慮することなく触っている。そして、門亜もおとなしく琥太郎のされるがままになっていた。
我に返った大河は慌てた。
「すまない、門亜。こら。琥太郎。人をべたべた触るんじゃない」
大河に叱られて琥太郎はぷっ。頬をふくらませると、横を向いた。
すっかり静まり返ってしまった大河たちに、もう、みんな仕方ないなぁ、と言いながら音環はメニューを広げだした。
「さあさあ、メニューを選ぼう。俺、もうお腹空いたよ」
音環の声に、空河もキッズコーナーへ颯と駆を呼びに行った。
大河と空河の間に子どもが3人挟まれる姿は圧巻だった。
「カバン、こっちに置くか?」
こっちの席、滅茶苦茶ゆったりしているぞ、と音環は遠慮がちに言った。
すると、すまない、と言いながら空河と大河がカバンを音環の脇の隅に置いた。カバンが4つ並ぶ姿に、高校時代をふと思い出した。
にぎやかになるかと思われた組み合わせは、意外に落ち着いていた。
知らない大人が2人いたら極端に大人しくなるか、親の気持ちをこっちに向けようと騒ぎ出すかだろう。極端に大人しくなる場合は、飽きるのも早い。
音環は、同僚家族数人と食事をした時のことを思い出した。最近は無くなったが、はやり病の前は会社が家族ぐるみで参加できる企画を立てていたからな……。
そんなことを思い出していると、琥太郎が颯と駆の間に座ってかいがいしく世話をする姿が見えた。口についたソースを拭いてあげたり、トイレに連れて行ったり、と食事もそこそこに面倒を見る琥太郎に音環はただただ感心した。
「すごくいい子だね。面倒見がとってもいい……」
思わず音環はつぶやいた。すると、大河がちょっと困ったように言った。
「いい子過ぎて、心配なんだ。もう6年生だし、自我が抑えられなくなる始まりの頃だろう?本当はわがままをもっと言って欲しいんだが……」
ああ……そう言うこともあるのか……。子育てって難しいんだな。音環は、琥太郎の背を目で追う大河を見つめ思った。
俺、話を聞くことしか出来ないな。
「大河兄ぃ。きっと、そのうち反抗期が来て今までの分わがまま言うよ。……そっちのほうが怖い気もするけどね。その時は何時でもいいから連れてきなよ」
空河が、育児書を読むように言った。小学校高学年の子の、ちょっと先の未来が描かれたような本。大河は空河の言葉に、そうだな……と言った。
第2章②です。
門亜がコスプレをするのにはいくつか理由があるのですが、そのうちの一つは次のエピソードで書いています。
他の理由は、いつか書けたらなと思います。
読んでくださりありがとうございます。




